94 黒鳥居の向こう側 07


 魔眼・遠視&魔力喰いと並列思考。

 そして神聖魔法・聖砦。


 これらを維持したまま山に向かって移動する。


「…………」


 阿方先輩はやっぱり心ここにあらずという様子のままで一色に手を引かれている。

 僕たちが来るまでの間、ここに一人でいた。

 そのことで疲弊しているんだろうって一色は言っている。


「んん……あっ」


 精神的な疲弊なら回復魔法でも治せるかも。


「一色、ちょっと」

「どうした?」

「ちょっと、先輩に試してみてもいい?」

「? なにかわからないが……彼方なら大丈夫だろう」

「いいんだ」

「信じてるから」

「そ、そう」

「たとえ失敗しても、彼方の成功の糧になるなら先輩も本望だと思うし」

「本望じゃないと思うなぁ」


 僕と先輩はちょっと前に会っただけだから。

 一色はやっぱり無茶を言う。

 とはいえ失敗するとは思えないのでやってみる。


 回復魔法・気息充填


 精神的疲弊を癒やす魔法を使ってみた。


「……ん」

「先輩⁉」

「え? あれ? 境衣?」

「先輩、心配しました」


 一色ってば。

 さっきのいまだと微妙に嘘くさいんだけど。


「どうして、境衣が? それに君は、琴夜君、だったよね?」

「はい。大丈夫ですか?」

「私は……どうしたの?」

「えっとですね」


 と、これまでの事情を説明する。


「そんな……」


 まるで初めて聞いたという顔をして、先輩は驚いている。


「……ぽーちゃんのことは覚えています?」

「ええ、もちろん。でもそんな……」


 そう呟いた先輩は周囲を見回してから首を振った。


「でも、こんなところにいるんだから本当のことなのよね」

「ええと……はい」


 夢だなんだと錯乱するのかと心配したけれど、意外に受け入れた。


「わかったわ。私もぽーちゃんにはまた会いたい」


 あの巨大ぽーちゃんを見ても同じことが言えるのか?

 少々心配になりながら例の山を目指して道を進んでいく。


 十分ほど歩いていると僕たちは足を止めざるを得なくなった。

 地面が裂けている。

 例の山……ここから見ると山のふもとの所にひときわ大きな屋敷があるので、おそらくあれが目的地だ。

 そのお屋敷を囲むように地面が裂けている。


「これ、越えられるかな?」


 裂け目は目測で三メートルぐらい。

 跳ぼうと思えば跳べなくもない長さに見えるのだけど……。

 実は、遠視もこの向こうに行こうとすると弾かれていたんだよね。

 魔力喰いの効果も届かない。

 裂け目の向こうは邪気という豪雪に呑まれているかのような光景になっている。

 その中でお屋敷だけは不思議な存在感を放っていて、なにかあるということを主張していた。


「ふむ」


 アリスが落ちていた石を拾って投げる。

 高く投げたのでゆっくりとした放物線を描いていた石が、ある瞬間に慣性を失って裂け目の中に落ちていった。

 裂け目の下は真っ黒になっていて何も見えない。

 石が落着した音も聞こえてこない。


「飛ばない方がよさそうだね」

「そうだな」

「でも、それだとどうしたらいいんだろ?」

「呼んでみる」


 困っていると先輩が提案した。


「私を捕まえたいなら、このままだとだめでしょ」


 そう言いながら裂け目の前に立つ。


「ぽーちゃん! 来たよ!」


 大声で彼女が呼ぶ。

 瞬間、地面が揺れた。

 裂け目の向こうで邪気豪雪の一ヶ所が割れてそこからぽーちゃんが姿を現した。


「うっ」


 さすがにあの大きさには先輩も驚いたみたいだ。


「ぽ、ぽーちゃん。どうしてそんなに大きく?」

「ぽう」


 ぽーちゃんはそれだけを声に出して、はいはいでこちらに近づいてくる。

 邪気の豪雪をかき分けたぽーちゃんは裂けめの向こうにまで近づいた。


「ぽーちゃん」

「ぽう」

「ぽーちゃん!」

「ぽう」

「ぽーちゃん⁉」

「ぽう」

「……あの、先輩。私たちにもわかる会話でお願いします」

「あ、ごめんね」


 一色にツッコまれて、先輩が照れる。


「それで、その……ぽーちゃんはなんて?」

「え……わからない」

「…………」

「…………」

「ごめんなさい。ぽーちゃんとちゃんと会話した記憶ってそういえばないの」

「なら、さっきまのでやりとりはなんだったんですか!」

「えへへ」


 先輩、意外に余裕があるなぁと思いつつ周囲への警戒を怠らない。

 戦士スキルの影響だと思うのだけど、なにかがチリチリと首の後ろを刺激する。

 邪気に込められた無作為の悪意ではない。

 こっちに向かって注がれているのがはっきりとわかる。


「アリス……これって?」

「ふむ。ここまで強いとなるとこの場の主かもしれんな」

「ぽーちゃんがそうじゃないんだ」

「話を聞く限り、あれは外側の存在だろう。これがあの屋敷にいるナニカではないのか?」

「そっか」


 この視線って裂け目の中からしているような。


「ぽおおおおおおおおおお!!」


 そう思っているとぽーちゃんがひときわ大きな声を上げた。

 ふらふらとした二足立ちになると、そのまま前に向かって傾き、そして途中で止まった。

 裂け目の間にあるなにかが、ぽーちゃんを阻んでいるから?


 あれ? でも……。

 ぽーちゃんの体が、だんだんと前に倒れていく。

 裂け目の阻む力が破れていっているんだ。


 そして……。


「ぽおおおおおおお!!」


 ついに、ぽーちゃんが裂け目を超えた。


「ぽ、ぽーちゃん?」

「ぽおおおおおおお!」


 ぽーちゃんが雄たけびを上げながら、大きいのに未成熟な手を先輩に向ける。

 だけど届かない。

 僕の神聖魔法・聖砦が邪魔をする。


「ぽーちゃん? どうしたの?」

「ぽおおおおおおおお!!」


 先輩を掴めなくて、ぽーちゃんが怒った。

 手を振り回して聖砦を叩く。


 壊れはしないだろうけど、一発一発ですごい衝撃が聖砦の表面に激しい波紋が生まれている。


「ぽーちゃん! どうした⁉ 落ち着いて⁉」

「ぽおおおおおおおおおお!!」


 先輩がどれだけ叫んでもぽーちゃんが落ち着く様子がない。


「ど、どうしよう? どうしたらいいのかな?」

「待って、ちょっと落ち着いてください」


 完全に混乱してる先輩を諫めつつ、状況を見守る。

 ちりちりした悪意か殺気かわからないものが、どんどん強まっていく。


 そして、ついにそれが姿を見せた。


「ぽおっ!」


 ぽーちゃんが何かにのしかかられて裂け目の向こうに転がっていく。


「ぽーちゃん!」


 僕たちではなく、ぽーちゃんが襲われた。

 なにが起きたのか。

 ぽーちゃんにのしかかっているのは真っ黒で、ぽーちゃんにも負けないぐらいに大きな蜘蛛だった。





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