56 GW騒動記06


「温泉」

「温泉だ」

「温泉ですね」


 食事が終わり、一色と紅色さん、それから話を聞いた退魔師協会職員の楢爪さんを伴って僕たちの部屋に連れて行くと、三人がぽかんと露天風呂を見て呟いた。

 露天風呂にはやっぱりお湯が溜まっていて、そしていまも湯出し口というのか、湯船にあわせた木製のそれから湯が流れ出ている。


「え? なんで? なんでですか⁉」


 楢爪さんが混乱している。


「いいなぁ。かな君、後で使わせてくれる?」

「いいですよ」


 紅色さんは素直に事態を受け入れ、お湯に手を入れて嬉しそうにしている。


「いやいやいや! おかしいですよ! なんですかこれ!」

「小舟ちゃん、こんな仕事してるのに想定外の事態に弱いねぇ」

「そういう問題⁉ いえ、ですからこの旅館を今回のために整えるのに調査はばっちりしたんですから。座敷童のようなものは存在していませんし、迷い家的な霊化も起きていませんから! ここはただの廃墟だったんです!」

「かな君に徳があるって話でしょ。もしかしたら縁かも? この辺りに旅行に来たことってある?」


 後半は僕への質問だ。


「いや、記憶にはないですけど」

「ふうん。でも、なにか福の神的な縁を感じるんだけど」

「福の神?」


 あっと、ファミレスの件を思い出した。

 アリスと最初に遭遇した変なこと。

 おっさん福助のことを僕は話した。


「はぁ……そういえばあそこのファミレス行ったことなかったな」

「それはつまり、福の神から福を分けてもらったということですか?」


 なんでだろうと首を傾げる紅色さんと、興奮する楢爪さん。


「いえ、それよりもその福の神です。土地に付いているのか個人に付いているのか……」

「あの土地に福の神は居つかないと思うなぁ」

「それなら個人ですね! その人物をなんとかスカウトできれば……」

「はいはい。解決したからもう小舟ちゃんは用なしだよ」

「ひどい! 私も温泉に入らせてください!」

「え? じゃあお酒持って来て」

「まだ飲む気ですか⁉」


 なにかを考えて興奮がさらにヒートしていく楢爪さんとそれを追い出そうとする紅色さんを置いて、僕たちは部屋を出た。


 どっちにしろ紅色さんが露天風呂に入るなら、部屋にいるつもりはなかったし。


「一色は温泉よかったの?」

「え? 母さんと一緒は嫌。後で使わせて」

「うん。それじゃあ、どうしようか?」


 一色たちの部屋で待たせてもらうというのが現実的なんだけど、女性だらけの部屋にお邪魔するのも後ろめたい気もする。

 なんでだろう?

 家にお邪魔するのはもう抵抗がないんだけどね。


「一度旅館をうろついてみる?」

「それもいいかも。アリスもそれでいい?」

「うむ」


 なにもなかったらロビーの所ならきれいなソファがたくさんあるから、そこで時間を潰せばいいか。

 そう考えて旅館の探検を開始した。

 部屋を使える状態にしているのはこの階だけだったようで、下の階は明かりすら付いていなかった。


「うわっ、怖っ」

「そう? なにもいないよ」


 ああ、魔眼・霊視で見れば大丈夫なのか?


「いや、やっぱり暗くて怖いよ」


 景色はなにも変わらない。

 恐怖耐性があっても怖いものは怖い。

 ただ逃げようとか腰が引けるとか、そういうのがないだけだ。


 そして……。


「うう……」


 アリスは僕の腰にしがみ付いて目を閉じている。


「もう過ぎたか? 明るいところに来たか⁉」

「いや、まだだよ」


 アリスの怖いものの基準がまだよくわからない。

 さっきの食堂では全く動じていなかったのに、いまは暗いだけで怖がっている。

 最初に出会った峠道も十分に暗くて怖かったと思うんだけど、あそこではまったくなにもなかったし。


 芝居?


 を疑っていたりもする。実は。

 だけど、アリスはけっこうプライドが高いのに、こんな芝居をするだろうか?

 いや、でも自分で暗躍系魔王とか言ってたりするし、芝居はできたりするんだろうけど。


 よくわからない。


 とはいえ、アリスにしがみ付かれて嫌なわけでもないのでそのままにしておく。

 そういえば、これって本格的な肝試しになるんだろうか?

 だったら初めてだなぁなんて考えたりもする。


 あの日、遥さんたちとのあれがちゃんと普通に肝試しで終わっていれば、あれが初めてだったんだけど。

 世の中なにが起こるかわからないなぁと思っている内に一階に辿り着いた。


 ロビーの所だけは明かりが点いているけれど、受付カウンターには誰もいない。

 暗く沈んで商品も並んでいないお土産コーナーを抜けてロビーに到着すると、入り口側に置かれた自販機にたむろしている男女が見えた。


「「あ」」



 僕と彼の声が重なる。

 一色に話しかけていた男女三人組だ。


「お前ら、なにしてるんだ?」

「うーん、暇潰し?」

「は」


 前回と同じ男子が話しかけて来たから答えたのだけど、鼻で笑われてしまった。


「お前らはお気楽だな」

「カナタ! コーラ! コーラが欲しい!」

「…………」


 いつのまにか僕の腰から自販機前に移動したアリスの言葉で彼の台詞はかき消された。


「うん、わかった」


 慰める理由もないので自販機に移動して、僕たちもドリンクを買う。


「えーと、とりあえず喧嘩する理由はこっちにないし、仲良くできるんならしたいんだけど?」


 そのままそこに立ち尽くしている三人に向かって僕はそう声をかけた。


「はぁ、ふざけ……」

「「うん、ぜひともよろしく!」」


 彼の言葉は仲間の二人によってかき消された。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る