57 GW騒動記07


 三人組の名前は大守蓮、多喜屋勇、北条翼と名乗った。

 住んでいる場所を聞くと隣県だった。

 同じ高校一年生。


 テーブルを円で囲むように個人ソファが並んでいる場所で僕たちはダラダラと喋る。


「でも、退魔師になる学校があるなんて思わなかったなぁ」

「大学は立派なのがあるけど、高校はたいしたことないから」

「そうそう。校舎もないのよ」

「え? 校舎がないってなに?」

「普段は普通の公立高校に混ざってるってこと」

「で、こっち関係のことをするときだけ別に時間を取って師匠に教えてもらってるのよ」

「はぁ、そんなことができるんだ」

「だよな。俺たちもそんなんがあるなんて、師匠と知り合うまで知らなかった」

「これでちゃんと単位が取れてるんだから不思議よね」


 僕の疑問に答えてくれているのは勇君と翼さん。

 一色に話しかけていた蓮だけはむくれた顔で庭の見えるガラスを睨んでいる。

 三人は同じ県には住んでいるけれど、高校で同じになるまでは知り合いではなかったらしい。

 ただ、連だけは若い頃から彼らの師匠に見出だされて、あちこちに連れまわされていたのだとか。


「で、その時のどこかで一色に会った?」

「らしいんだけどね」

「ええと、境衣さん? 本当に覚えていないの?」

「ごめん、まったく」


 勇君と翼さんの気を使うような雰囲気の質問にも、一色は凛々しくどきっぱりと答えた。

 あいかわらず窓を睨みっぱなしの蓮のこめかみに青筋が浮かんだように見えたのは、気のせいではないと思う。


「境衣さんって境衣紅色さんの娘さんなんだよね?」


 翼さんが話題を変えた。


「そうよ」

「境衣紅色さんってこっちの業界だと有名人だよね。海外にも名前の知られたS級退魔師」

「え? そうなの?」


 知らなかった。


「そうらしいね」


 そして一色は興味がなさそうだった。


「どういう心境?」


 僕が聞くと一色が顔をしかめた。


「実の親が凄いのは嬉しいけど、同業になるかもしれないって考えると微妙よね」

「そんなものかな?」

「そんなもの。少なくとも私は」

「おい……」


 と、蓮が口を開いた。


「あいつ、入ってきそうだぞ」


 その言葉と視線を追って僕たちも見る。

 魔眼・霊視はオンにしている。

 振り返るとほぼ同時に、「ドン」という音がした。

 ガラスの隅の部分で黒い靄が人型になって立っている。

 それは両手をガラスに当てて「ドン」と音をさせていた。

 一度、二度、三度……ゆるい感覚で叩き続けている。


「結界を破ろうとしてるね」


 勇君が険しい顔で言う。


「協会の人が張った結界が破れるはずがないと思うけど」


 翼さんが不安げに言う。

 自信がなさそうな響きが怖い。


「一色、どうかな?」

「そうだね。あれだけなら大丈夫と思うんだけど……誰かに言った方がいいかも」


 いや、ていうか。


「見えてるの、あの人っぽいのだけ?」

「どういうことだ?」

「僕の目には……その人影の後ろでもっと大きいのが押してるんだけど」


「「「「⁉」」」」


 そう言った瞬間、アリスは僕に抱きつき、他の四人の表情がこわばった。


「師匠に電話かけろ!」

「うん!」


 蓮が吠えて翼さんがスマホを取り出す。


「え? あれ? なんで?」

「どうした?」

「スマホの電源が切れてる!」

「!」


 見てみると、僕のスマホも電源が切れていた。

 真っ黒なホーム画面はなにをしても光を発さない。


「ぬおお、カナタ、なにがどうなっている?」

「どうって……なにか黒いのが旅館に入って来そうになってる?」

「なんだそれは怖い」

「アリスって見えてないの?」

「見たくない」


 見えないわけじゃないんだよね。


「カナタ、なんとかせい」

「なんとかしろって言われても、まだ入って来られたわけでもないし」

「来るぞ」

「え?」

「奴らは来るぞ」


 アリスがそう言った直後だった。


 パキ……。


 ガラスを叩いていた人型の近くでそんな音がして、みんなが息を呑んでそちらを見た。


 ドン、パキ、ドン、パキキ……。


 力を入れていないような叩き方なのに、人型がガラスを打つ度に蜘蛛の巣上にひびが走り、広がっていく。


「誰でもいいからすぐに大人呼べ!」


 蓮が叫んだ瞬間、ガラスが大きな音を立てて破れた。

 人型が入って来る。

 そして、その後ろでその穴を広げようとしている大きななにか。

 大きすぎて、どんな姿をしているのかもよくわからない。


「破っ!」


 叫んだ蓮が手を突き出す。

 その先から青い光が迸り、人型に当たる。

 人影の周りで青い光が爆ぜて、その体が震えた。

 だけど、それだけだ。


「ちっ! 勇合わせろ! 翼は急げ!」


 蓮の言葉で勇君と翼さんも動く。

 二人の合わせた手から先ほどよりも大きな青い光が放たれるけど、人影は崩れない。

 それはそうだ。

 あれは、あの人型は後ろの大きななにかと繋がっている。あれだけを潰しても、すぐに後ろから靄を供給されて形を戻してしまう。


「武霊傀儡!」


 一色の声に合わせて出現した鎧武者が薙刀を振り下ろす。

 人型はそれで一度は両断されたけれど、すぐに元に戻る。


「しつこい!」


 一色が舌打ちする。


「カナタ、なんとかせい!」


 アリスが腰にしがみ付いたまま急かす。

 動けないから僕だけソファに座ったままなんだけど。


 もう。


 魔眼・魔力喰いをオンにする。

 これでうまくいくかな?

 瞬間、人型を形作っていた靄が凄い勢いで僕に吸い寄せられていく。

 うん、まさしく掃除機だ。

 だけどこれだとキリがない。


「ねぇ、アリス。遥さんが使っていたみたいな強い神聖魔法ってどれくらいのレベルがいるかな?」

「ん? そうだな。あの女の神聖魔法は我の基準でいけば50は超えているぞ」


 50って……。

 異世界転移ってやっぱりチートなんだな。

 基礎魔法とか総合制御のレベルも上げないといけないし、いまの貯蓄魔力値だとどうやったって足りない。

 とりあえず、10までは上げられる。

 やってみよう。

 ん、この場に適した魔法が頭に浮かぶ。


「気高き光の守護域・聖砦」


 広範囲に聖属性の守りを作る魔法。

 遥さんの使っていた聖域よりも下位だけど、この場では十分な力を発揮した。

 これでガラスにできた穴とたぶん、そこに在っただろう結界のほころびも塞げたと思う。

 そんなことをしている間に、旅館に入り込んでいた人型も供給源を失って僕に全部吸いつくされる。

 神聖魔法のレベルを上げるのに使った貯蓄魔力値が少し回復する。


 だけど……。


「あれ?」


 なんだか、くらっとする。

 そう思ってすぐに視界が真っ暗になった。




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