55 GW騒動記05


 ぐったりした。

 長湯はしていないはずだけど疲れ果てた。


「ふう、楽しかったな」


 僕が居間で草臥れていると脱衣所からアリスが出てきた。

 魔法でさらっと体を乾かしていたのにどうしたのかと見ると、いつものゴス服じゃなかった。


「それ、この前買ったのだね」

「う、うむ」


 キャミワンピとか言っていた。肩から吊り下げる青いワンピース。

 ゴス服でもそうだけど、青はアリスにとても似合う。


「うん、可愛いね」

「そ、そうか」


 照れくさそうにしているアリスが珍しくてニヤニヤしてしまう。


「あまり見るな」

「いや、そういうわけには」


 レアなアリスの反応を楽しんでいるとチャイムが鳴った。

 開けると一色と紅色さんがいた。


「ご飯食べに行こう」

「あれ、もうそんな時間?」


 時計を確認するとすでに夕方になっていた。

 一度部屋に戻って準備を済ませて出てくると、二人がアリスの変化に気が付いた。


「お、おうおうおう? アリスちゃん、その姿も可愛いねぇ」

「うむ」


 紅色さんの茶化しをアリスは軽く受け流す。

 なぜか一色がギリギリとしていたけどそれは見なかったことにする。


 一階にある食堂に到着すると、既にほかの連中もあちこちに座っている。

 ビュッフェだったり注文ができたりはなくて、テーブルに着くと問答無用でみんな同じ料理がやってきた。

 法事の時の仕出し弁当のような、大きな容器に色々と乗っている。

 というか、まさしくその通りのものだと思う。


「温泉?」


 食わず嫌い女王のアリスに食べさせるのに苦労しながら話している内にその話になった。


「湯が張ってあったの?」

「え? はい?」


 露天風呂が凄かったですねと言ったら二人が目を丸くしたのだ。


「かけ流しっていうんですか? ずっと出てましたよ」

「いやいやいや、そんなわけないでしょ」

「え?」

「うちの部屋も露天風呂のある部屋だったけど、そっちは空だったから」


 紅色さんの言葉に一色も頷く。


「だって、温泉が枯れたからここは観光地として死んだんだから」

「楢爪さんの説明でも温泉は使えないから部屋風呂でって言ってただろ」

「あ……」


 そういえばそうだ。

 でも、僕の部屋の温泉は使えた。

 どういうことだろう?


「まぁそれは後で確かめさせてもらうとして……この宿はどうだい?」

「立派な部屋で居心地よかったですね」

「え?」

「え?」


 紅色さんの質問に答えると一色がまた驚く。


「なに?」

「いや、確かに立派な部屋だし、掃除もされてたけど……居心地よくはないぞ」

「またまた~」


 一色が変なことを言う。


「かな君の目はなにも見てないのかい?」


 と紅色さん。

 そういえば魔眼はまだ使ってない。


「…………」


 しばらく考えて、保冷材の上に乗っかった刺身を食べる。

 美味しい。


「かな君?」

「いや、変なものを見て食欲なくすのが嫌なので、先に食べます」

「ああ、それは正しいね」


 緊急的なことならアリスがなんとかしてくれるはずと信じて先に食べる。

 でも、多い。

 普段が少食だから仕出し弁当のこの量はしんどい。

 アリスなんて隅っこにある水まんじゅうみたいな、透明な皮にあんこを詰めたものだけをちゃんと食べて、後はまんべんなくちょっとだけ食べて終了した。


「カナタ、メインディッシュを所望する」

「残しておいて偉そうなこと言わない」

「カーナーター」


 くっ、幼児返りみたいなねだり方を。

 仕方ないのでそっとポッキーを出す。


「いま、どこから出したの?」

「企業秘密です」

「彼方、私も欲しい」


 一色にもポッキーを渡す。

 旅行前にお菓子とヤマザキパンをいくらか補充して空間魔法で収納している。


「はぁ、便利だねぇ」


 紅色さんはそれだけ呟いて何も聞かない。

 アリスの素性はなにも言っていないはずだけど、なにか察している雰囲気があったりするんだよね。


「まぁいいや。食事終わったよね。ちゃんと『視て』みようか」


 意味深にそう言われて、僕は魔眼・霊視をオンにする。

 食堂の中は、変化はない。


「うっ……」


 でも外は違う。

 食堂の一方の壁は大きなガラスになっていて旅館の庭を見物できるようになっている。いまは荒れ放題で森か林かみたいになっているけど、ちゃんとしていた頃はきれいだったのかもしれない。

 でも問題は荒れ放題の庭ではなくて、その窓。

 さっきまで見えていた景色は、魔眼・霊視をオンにすると見えなくなった。

 代わりに見えているのは大量の黒い靄。

 その大量の靄の隙間を埋めるように、肌色のなにかがべたべたべた……とある。

 手だ。

 大量の手がガラスのあちこちに、高さ関係なく貼り付いている。


「これ……」

「すごいよね。久しぶりの生きた人間だからか、雑霊どもがこれでもかって集まってる」


 まるで夏の羽虫だねと笑いながらビールを飲んでいる。


「え? じゃあここにいるみんなはこれが見えてるのに普通にご飯を食べてるんですか?」

「そうそう。普通のことだよ」

「へぇ……」


 と、僕は視線を上に向ける。

 ガラスと壁のつなぎ部分ぎりぎりのところに手と靄以外のモノが一つある。

 目。

 とても大きな目が黒目部分をぎょろぎょろと動かしながら僕たちを観察していた。




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