46 憑依スライム・アリス&カナタ12


 翌日。学校が終わってからバイト先の食料品店に行き、とある物を買い込んでから異世界に向かった。


「うっぷ」


 気が付くと水の中でもみくちゃにされていた。


「なにごと⁉」


 と思いながら前回どうしたのかを思い出す。

 街中でスライムを放置して誰かに捕まって便壺に放り込まれるということになるのを防ぐために下水道に逃げ込んでいたのだ。

 下水道といっても雨水を逃がすための大きめの側溝みたいなものだったのだけど。


“カナタ、引っ張るぞ”


 頭の中に響いた声のすぐ後で大きな力に引っ張られた。

 ぼちゃんと地面に落ちた感触。


「ははは、災難だったな」


 ピンクスライムのアリスが笑っている。


「な、なにごと?」

「落ち着け、見ろ」


 そう言われて周りを確認すると凄まじい雨が降っていた。

 スライムボディは鈍感だし、混乱していたから気が付くのが遅れた。


「豪雨?」

「そうだな。これのせいで河まで押し流されていたみたいだ」

「あ、ほんとだ」


 見ると、周りは街の風景ではなく、今にも溢れかえりそうな広い河のほとりだった。

 土砂混じりの水が荒々しく流れていく。

 周りを見ると、大粒の雨に塗り潰されそうな景色の遥か彼方に幻のように城壁が見える。


「あそこが僕たちのいたとこ?」

「そうだな」

「けっこう流されたね」

「あと一日遅かったら海まで流されていたかもな」

「うわぁ」

「とりあえず、街まで戻るか」

「そうだね」


 と答えたところで、いきなり河の方で水が爆発するみたいな音がした。


「うわっ」


 反射でそちらを見ると、豪雨に煙る河の上で巨大で長いものが跳ねていた。

 魚が水面に跳ね上がるように、それは身をくねらせて再び濁流の中に落ちていく。

 巨大で、長い。

 見えた部分だけでも十メートルは超えている。

 蛇?

 それにしてはなにか飾りっぽいものがあったような?

 ヒレの長い熱帯魚のような?

 リュウグウノツカイをもっと豪華にしたような?

 濁流の中でもはっきりとその影が見えている。


「なにあれ?」

「少しまずいかもしれんな」

「え?」

「あれはスイリュウだ。雨を連れているのはあいつだな」


 雨を連れる。

 なんだかすごい表現だなと思ったけど、たぶん、比喩とかでないんだろうな。

 本当に、いま降っているこの豪雨をあの水龍が起こしているのだろう。


「でも、まずいって?」

「我にとってはどうでもいいが、カナタにとってはよくないな。あれが向かっているのは、旧王都だろうし」

「良くないことが起こるってこと?」

「水龍が人間のいる場所に用があるとなると、だいたい、ろくでもないことだ」

「それって遥さんが危ないこと⁉」

「その女だけではないだろうがな」

「それなら報せに行かないと!」

「そういうことだ。走るぞ」

「うん!」


 僕たちは変身(スライム時限定)で人間の姿になると走った。

 運動能力強化のおかげで雨の中でもかなり速く走れた。

 それに二度目だからか前よりも大きくなれている気がする。たぶん小学校高学年ぐらいにはなれていると思う。

 城門に辿り着くのに一時間もかからなかったと思うけど、スライムの体のおかげか息切れも起きなかったし、疲れもなかった。

 城門の前はこの大雨のためか誰もおらず、門も閉じられている。

 城門横にある小屋のような場所に明かりがあり、そこに門番が雨宿りをしている。


「大変だ」

「どうした坊主」


 扉のないその小屋に向かって叫ぶと門番が出てきた。


「河からスイリュウがやってきてるよ」

「はぁ?」

「坊主、嘘を吐くんじゃない」

「嘘じゃないって!」

「こんな大雨の日に面倒なことを言うんじゃない」


 うわっ、完全に面倒くさがられてる。


「本当に見たんだから!」


 と訴えても門番たちは顔をしかめるだけだ。


「どこで見た?」


 何度か叫んでいると、小屋の奥の方から門番を押し退けるようにして青年が顔を覗かせた。

 びっくりするぐらいに整っている。

 銀色の髪の美青年だ。


「あそこの河だよ。見てたら顔を見せたんだ」

「どんな姿だった?」

「ええと、長くて大きくて、ヒラヒラがたくさん!」


 見た目に沿った口調で門番に訴えていたせいか、説明の仕方まで子供っぽくなった気がする。

 だけどちゃんと通じたらしい、美青年の顔がとても苦い物になった。


「……スイリュウだな」

「ウィルヒム様!」

「……城に連絡を入れろ。魔法使いは全員出動だ」

「はっ!」

「その子は街に入れてやれ。いまから外に出すのは危険だ」


 そう言ってから美青年……ウィルヒムは慌てた様子でその場を去ろうとする。

 ……その寸前で戻って来た。


「君、知らせてくれてありがとう。礼は後でする。必ず名乗り出ろ」


 そう言い残して今度こそ立ち去っていった。

 あの人がウィルヒム?


『ウィルヒム様はそんなことするような』


 遥さんがそう呟いていた相手。

 彼女の洗脳に関係があるはずなんだけど。


「すごく、良い人みたいな感じだ」


 旧王都の中に入った僕は雨の中で呟いた。





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