45 定番をするべきか、否か
遥さん問題が頭にあって学校で過ごす時間がもどかしい。
ただ、はっきりとした変化は見過ごさなかった。
古典と英語の授業で万能翻訳が大活躍した。
ラッキーという思いとほのかな後ろめたさに板挟みになりつつ、授業の時間を過ごす。
アリスの言っていることはきっと正しい。
大事に、というのとはちょっと違うようには見えたけれど、身寄りのない遥さんの生活を援助しているのは確かだとは思う。
だけど、苦しそうなのも事実だ。
それをなんとかしたいと考えるのは間違いだとは思わない。
でも、方法は?
どうすれば遥さんの生活は向上するだろう?
アリスはそれをもっと観察して考えろと言いたかったのかもしれない。
うん、たいした情報もないのに考えだけぐるぐる回しても仕方がないのかも。
思考に溺れるっていうのはこういうことか。
それに、この前の一色とのことで自分にはそういう力があるんだとうぬぼれてしまっていたのかもしれない。
なにか『やってやるぜ』的な気持ちが暴走していた気もする。
恥ずかしい。
「ん、落ち着いたか?」
昼休憩に一緒に購買のパンを食べているとアリスがそう言った。
「うん、まぁ……すこしは」
気恥ずかしい感じで頷く。
「まずは遥さんの状況をもっと知らないとね」
「そうだな。あそこに行ったばかりの我々ではとにかく情報が足りない。情報がなければ対策も立てようがない」
「うん」
「カナタが成長してくれて、我は嬉しい」
「ごめん、その手は止めて」
アリスの手が頭に伸びようとしたから止めた。
なぜならその手はいま、あんドーナツを直持ちして砂糖べとべとだから。
今日はバイトの日。
気持ちは焦るがこちらの生活も大事。
真面目に働く。
サッカー台側のチラシとかが貼られた壁にバイト募集の紙が追加されていた。
遥さんがすぐには戻ってこないと理解した店長さんが貼りだしたみたいだ。
それも仕方がない。
アリスの言う通りしか帰る方法がないのなら、それが何年後になるのかわからない。
おっと、考え過ぎないようにしないと。
スパイスを補充していく。
アリスはホワイドデニッシュショコラが菓子パンコーナーに当たり前に並んでいるのに気付いて、菓子パンの補充という名目で新しい甘味を探している。
いや、働け。
遠視でアリスの状態を確認しつつ、スパパとスパイスを補充していく。
む、そうかスパイス。
塩と胡椒で異世界間貿易するのってデフォだよねと思い至る。
その他にも激辛ブームに乗って登場したいろんなスパイスがある。
入れ物を変えて向こうで売るのはありかもしれない。
いまなら資金もある。
売るのは遥さんに任せるとかすれば、彼女の収入の助けにもなる。
問題は、向こうで手に入れたお金をこっちでどうやって換金するかなんだけど。
「どうかしました?」
そんなことを考えていると、先輩バイトの大学生さんがしょんぼりとバックヤードから出てきた。
「時給上げてって交渉したけどだめだった」
「あら」
「時給上げる条件に達していないんだってさ」
しょんぼりとしながら先輩バイトさんはレジに向かっていく。
その背中からすぐに視線を離し、自分の考えに浸る。
もちろん品出し作業は止めていない。換金手段は、場合によっては紅色(こい)さんに相談してみるとして、他にもなにか異世界で売れるかもしれないものはあるかもしれない。
頑張って品出ししながら色々と見て回ったからか、今夜も商品棚は充実した。
店長さんは満足顔でお弁当を奢ってくれる。
アリスにはケーキ。
いやもう本当に……野菜を食べさせないと。
とりあえず、簡単野菜スープの材料を買うことにする。
帰りつつ、考えていたことを言ってみる。
「スパイスを売るか」
「どうかな?」
「向こうにもあるが、こちらの方が質と量で優れているからな。商売にしようと思えばできるだろうな」
「そっか」
「とはいえ、商人ではないカナタが売ろうと思えば買いたたかれる可能性もあるだろうし。塩であれば少なくとも樽一杯は用意しないといけないのではないかな」
「樽一杯……」
「胡椒の方が少なくて済むだろうが、しっかりと儲けるつもりならやはり量が必要になるぞ」
「う~ん、そっか」
「どちらにしろ、換金する方法が必要だろう」
「紅色さんに相談してみるつもりだけど、とりあえず目途がないと格好がつかないし」
「ああ、それはいいかもな。あの女は色んな伝手を持っていそうだ」
「そうかな?」
僕はただ、相談できる大人があの人だけだからなんだけど。
「いろんな人間に会っていそうだし、大きな組織との繋がりもありそうだ。頼るにはちょうど良いだろうし、頼られると喜ぶだろう」
「そうだといいけど」
「あの女の仕事も手伝うのだろう? 五分五分の関係だと思えばいい」
「うん」
どうも誰かに頼るのは苦手だ。
いまのアパートに入った時、一人で何でもやってやると思った。
結局はそれほど時間もかからずアリスと一緒に暮らすようになり、彼女の剛腕で僕の環境は一掃されて行こうとしている。
だからなのか、自然とアリスに頼るのは問題ないと思える。
だけど、それ以外はまだだめだ。
なんとなくだけど、抵抗がある。
「ありがとう、アリス」
「妻だからな。当然であろう」
当たり前のような顔をされると嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。
「ところで、アリスだったらどんな商売をする?」
「そんなのは決まっている」
そう言い切ると彼女はエコバックから一つの物を取り出した。
「これしかない」
朝食用に買ったヤマザキパンだった。
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