44 アリス、神に出会う


「ええ……」


 目覚めてすぐに僕は頭を抱えた。

 もちろん、遥さんのことでだ。


「あれって、どうすればいいのさ?」


 夢だったらという淡い期待は空間魔法で取り出した鍋と炊飯器が空になっていることで打ち砕かれる。


「あ、朝ご飯がない」


 カレーにするつもりだったから他に何もない。

 仕方ないので早めに部屋を出てコンビニに行くことにした。

 アリスを起こして支度をし、部屋を出る。

 学校の前を通り過ぎてコンビニに向かい、朝食を選ぶ。

 カレーライスの流れでお米が食べたい。


「おおお!」


 おにぎりを眺めていると、後ろでアリスが声を上げた。

 見ているのは菓子パンコーナー。彼女は一つのパンを手に取って目を輝かせている。


「これは美味そうな気配がしておる!」


 彼女の手にある白いパンを見て、「ああ、ついに見つかったか」と思った。

 ホワイドデニッシュショコラ。

 美味しいよね。

 ヤマザキパンの中だと個人的に一位を争うパンだと思ってる。

 ライバルはアップルパイ。


 飲み物も買ってイートインコーナーで食べていく。


「これは美味い」


 食べているときは割とそれに集中するアリスがそう呟いた。


「パンのふわふわさと硬さを残した板チョコの食感。いいぞ、これはいい」


 アリスもお気に召したみたいだ。


「これぞ神の食べ物だ!」


 ……いや、喜び過ぎだ。


「もう我はこれしか食べないぞ!」

「それはだめだからね」

「ぐう!」

「それにしても遥さんのことだけど……」

「…………」

「アリス?」


 しょんぼりしていらっしゃる。


「……朝ご飯のときだけだよ」

「うむ!」


 機嫌を直して食事に戻る。


「それで遥さんのことだけど」

「洗脳だな。あの家はそれが得意だ」

「え?」

「メルリンク侯爵家は昔からフェールメール王国の諜報部分を担当している家だ。精神支配系統のスキルは得意分野だからな」

「そんな」

「偶然手に入れた稀人を上手く利用しているのだろう」

「そういえば、稀人って」

「異世界から流れて来た人間のことだな」

「よくあるの? こういうの」

「百年に一人ぐらいの頻度だな。こういうことがあるから空間魔法や時空間魔法が発達したという経緯がある」

「そうなんだ」

「だが、意図して異世界から誰かを招き寄せるというのは私の知っている間ではやったことはない。……とはいえあそこは私が追放されてから百年ほど後の世界だ。技術の発展や状況の変化というのはあって当たり前だがな」

「そっか」


 異世界の状況というのもアリスと関りがあるので興味はある。

 彼女がどうしてそこまでフェールメール王国を嫌っているのかとか。

 だけどいまはとりあえず、遥さんの件だ。


「どうした方がいいと思う?」


 一方的に利用されているならたすけるべきだと思う。

 特に洗脳なんて方法は褒められたものじゃない。

 だけど……どうやってたすける?

 洗脳を解除するだけでいいのか?

 それなら、アリスに頼めばやり方をすぐに教えてくれそうな雰囲気はある。

 だけど、それだけではだめだ。

 あそこは異世界。

 問題なのは遥さんがその後に頼る存在がないってことだ。


「こっちにすぐに戻せないし、相手が貴族だと遥さんの命だって狙われる可能性がでてくるんじゃないかな?」

「そうだな。メルリンク侯爵家なら、そういうことはやりそうだ」

「だったら!」

「まぁ、慌てるな」


 ホワイドデニッシュショコラを噛みしめながら言う。


「カナタは考え過ぎる。自分の思考に溺れているぞ」

「う……」

「それに思考が硬い」

「硬いって?」

「あの女……たしかに生活は困窮していたが、それ以外で不自由しているように見えたか?」


 生活が困窮しているだけでも問題だとは思うけど……。


「……わからない」

「我の見る感じでは生かさず殺さず、都合よく使ってやろうという意思が見えたな」

「それなら……」

「だが、それが悪いことか?」

「え?」

「有能な人間を手放したくないのは上に立つ者として自然な考えだろう。しかし相手は根本の考え方の違う異世界人。こちらの扱いで大人しく満足してくれるかどうかわからない。だから洗脳で縛っておく……そういうことかもしれないぞ」

「それは自由がないよ」

「自由か。こちらの世界ではとても大事にされている言葉だな。だが、自由であればなんでもよいというわけでもあるまい? ルールという囲いがあった上での自由であろう?」

「それは……そうだけど」

「今日明日ですぐに死ぬような危機ではないんだ。焦らず、観察をしてみるとしよう」

「……わかった」

「ところで、良いことを言ったのだからこれをもう一つ買っておくれ」


 空になったホワイドデニッシュショコラの袋を見せつつ、コクンと首を傾げておねだりする。

 その姿はずるいと思いつつ、僕は立ち上がって菓子パンコーナーに向かうのだった。





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