43 憑依スライム・アリス&カナタ11


「ご、ごめんなさい」


 しばらく泣いた遥さんは気まずそうに涙を拭った。


「でも、すごいのね。収納の魔法はかなりの達人でないと使えないって聞いたけれど」

「すごいのはアリスです」

「アリスさん?」

「はい。全部アリスのおかげです」

「なに、カナタの器量あっての話だ」


 照れもなく言ってのけるアリスと僕の間で遥さんは視線をさ迷わせる。


「仲がよさそうでなによりね」

「疲れてます?」

「……さすがにね」


 頼れる先輩感のあった遥さんなのに、いまはひどく疲れている。

 異世界生活に馴染めていないのだろうか?

 いや、それはそうか。

 だって、なにもかもが急に変わってしまったのだから。

 と思ったのだけど、遥さんはゆっくり首を振った。


「こっちの生活にはもう慣れたの。でも、生活が苦しくて」


 と語る。

 回復魔法の使える遥さんはそれを使って紹介された怪我人や病人を治療しているのだが、それがあまり収入に繋がっていないのだという。


「……どういうふうに貰っているのだ?」


 アリスが怪訝そうに尋ねた。


「え? 月々、私に……それとは別に孤児院の運営費に……」


 と、遥さんが説明する。


「回復魔法でどんな症状を癒やした?」

「それは……」

「紹介するのは侯爵家か?」

「はい……」


 アリスの質問がさらに重なり、遥さんがそれに答える。

 そういうのを何度か繰り返した後、アリスは断言した。


「お前、騙されているぞ」

「え?」

「それだけの回復魔法が使えるというのにこの院の運営すら困窮するというのはありえない」

「…………」

「金かコネか。奴らがどちらで儲けているのか知らないが、お前はいいように利用されている」

「そんな……そんなことは……ウィルヒム様はそんなことをするような」


 あれ?


 遥さんの瞳が曇った。

 動揺したというのとは少し違う。

 なにか、その瞬間、思考停止したような雰囲気だ。

 テレビか動画で見たことのある、催眠術にかかった人の顔みたいだ。


「え? アリス?」

「ふむ。カナタ、貯蓄魔力値はまだ残っていたな?」

「うん」

「魔眼のレベルを上げて解析を手に入れろ。それと魔法陣学も、そうだな5まで手に入れろ」


 言われた通りにする。

 こうしろということは魔眼を使えということだ。

 解析の力で遥さんを見る。


 遥さんの頭に靄が見えた。教室や事故物件、あの山で見た靄とも違う。薄青い靄の中に星のような光があって、それが見えない線で繋がっているのがわかる。

 それを繋げると一つの絵? 模様? になる。

 これは魔法陣と呼ばれるものだ。


 魔法陣学のスキルによって叩き込まれた知識に沿って魔眼の解析が答えを示す。


「思考操作?」


 洗脳だ。


「わかったか?」

「遥さん、騙されてるの?」


 遥さんは目をぼんやりさせて思考停止状態になっている。僕の言葉も聞こえていないみたいだ。


「この件に関して考えることを止めさせられているようだな」

「なんとかできない?」

「できるが、今すぐは止めておこう」

「どうして?」

「生かさず殺さずの関係を維持しているようだからな。すぐに身の危険になるということもないだろう」

「でも……」

「それに、こちらがもう時間切れになる」


 そろそろ戻らなければ遅刻になるぞと言われ、僕も強く言えなかった。

 学校に遅刻することが怖いというよりは、このリズムを壊してしまった時にどうなるのかを考えるのが怖かった。

 時間切れと言った時のアリスの顔が僕の意見を受け入れないと物語っているように感じられた。


「遥さん」


 と、何度か呼ぶと彼女は元に戻った。


「え? あ、彼方君?」

「僕たち、時間なんで一度戻ります」

「あ、うん。そう……」

「鍋と炊飯器は持って帰りたいんで、なにかに移せます?」

「ちょっと待ってね」


 のろのろと動き出す遥さんが部屋を出ていく姿を見送る。

 その背がとても怖いと思った。




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