47 憑依スライム・アリス&カナタ13


 気が付いたらアリスがいない。

 そういえば、門番と話していたときにはもういなかった気がする。

 彼女の容貌はとても目立つ。

 僕の後ろにアリスがいたら、みんな彼女を見ていたはずだ。


「ふん、あれがメルリンク侯爵家のいまの御曹司か」

「うわっ!」


 いきなり声がしたかと思うと、そこにアリスが現れた。


「どうやったの?」

「透明になっていただけだ」


 透明に?


「なんだか便利そうだね」


 今度、スキルを取ろう。


「気配遮断も並行して取らないと覗きはできないぞ」

「覗きとかしないから!」

「いや、覗きをするためのスキルだぞ」


 真面目な顔でアリスが言う。

 ……たぶん僕の考えている『覗き』と彼女の言う『覗き』は違うんだろうな。

 うん、この件はサラッと流そう。


「覗いた方が興奮するのか?」

「わかってるんじゃん!」


 そんなやり取りをしつつ孤児院に向かう。

 向かいながら、こっそりと透明化と気配遮断を取っておいた。


「いやです!」

「ええい、こんな時に逆らうな!」


 孤児院に到着すると一台の馬車が止まっており、その側でそんなやり取りが聞こえた。

 雨音にも負けない激しい拒否の声は遥さんのものだ。


「遥さん!」

「彼方君?」

「なんだ貴様らは!」


 馬車の向こうに、遥さんの腕を引っ張る小柄な男がいた。


「遥さんを離せ!」

「黙れ! これは公務だ! 小僧が邪魔をするな!」

「どこが⁉ 攫おうとしてるようにしか見えない!」

「なにをこの!」


 いきなりの展開に内心で驚きつつも、嫌がる遥さんを見た時の気持ちに引っ張られて講義をする。


「ええい、手間を#$%#$%#$%!」


 言い合いの膠着状態に苛立ちを爆発させた男がなにかを叫んだ。

 興奮してわけのわからないことを言ったのかと思ったんだけど、違った。


「…………」


 男に掴まれた手から逃れようと必死になっていた遥さんが、急にガクリと力を失った。肩から力が抜け、目から光が失われたのがすぐにわかった。


「ほら行くぞ!」

「……はい」

「ほら、こいつは自分から行くんだ! 余計な口を出すな!」


 小柄な男が怒りと会心の笑みが混ざった顔で叫ぶ。

 自分でも感情の整理ができていない。焦っているのだ。

 だけどそれよりも……。

 瞬間、こいつだと思った。

 こいつが遥さんを洗脳しているんだと理解した。


 魔眼・解析で遥さんを見るとあの時の魔法陣が頭の周りで展開している。

 なんとかあれを壊す方法は……。

 そうだ。

 魔眼・魔力喰いも平行で起動させる。

 事故物件なんかで使ったこのスキル。名前が魔力喰いなんだから、魔力を使って動かす魔法陣にも影響を与えることができるんじゃないか?

 基礎魔法や魔法陣学が与えてくれる知識が僕の推理を後押ししてくれる。


 その後押しを信じて、遥さんの頭に纏わりつく靄混じりの魔法陣を睨みつける。


 キンッ!


 確かな手ごたえと共に、遥さんの頭にあった魔法陣が消え去った。


「あうっ!」

「ぐあっ!」

「ああ、やりおった」


 頭を抱える遥さん。

 突然の痛みにびっくりしたかのように体を震わせる男。

 そしてアリスの呆れた声。


 三つの声が重なる中、僕は遥さんの手を取って孤児院へと引っ張った。


 小柄な男は雨の中で苦しんでいる。


「ハルカ姉ちゃん!」


 それを放っておいて孤児院に戻ると子供たちが遥さんを囲んだ。


「ハルカさん!」


 老修道女みたいな人もいた。この人が孤児院の責任者なのかも。


「う、うう……なにが?」

「カナタがお前に付けられていた洗脳の魔法陣を壊したのだ」

「え⁉」


 アリスの答えに遥さんが驚いている。


「私……洗脳?」

「されていたみたいだな」


 茫然とする遥さんに目を奪われそうになるけど、その奥にいる老修道女が顔をしかめているのが視界に入った。

 驚いているという感じではないと思った。


「なにか、知ってるんですか?」

「っ!」


 僕がそう言うと、老修道女はあからさまに動揺した。


「院長様?」

「ハルカさん……すいません」


 遥さんの怪訝な視線を受けた老修道女……院長はがっくりとうなだれた。




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