42 憑依スライム・アリス&カナタ10


「さあ、ぐだぐだしてないで女を探したらどうだ?」

「ぐだぐだになったのは誰のせいかなぁ」


 ため息混じりの深呼吸で気分を落ち着けると、魔眼を使って遥さんを探す。

 すぐに反応を見つけた。


 この間と同じ場所にいるっぽい。

 いまは外にいて畑みたいな場所にいる。

 周りには小さい子供がたくさんいる。

 幼稚園みたいな場所? いやそれよりも年上みたいだけど、小学校というのもなにか違う。子供たちの年齢がばらばらなんだ。


「あれが前に見た青い塔ではないか?」

「え?」


 アリスに言われて馬車の窓から見てみると、確かにそれはあの時に見た青い塔だ。

 ここからだとかなり小さい。


「ここが王都だった頃は王城内にある魔導研究所だったのだが」

「ええと、見え方からして外側っぽかったと思うけど……」


 窓から見える青い塔と、魔眼で見える光景を比べてあれこれ話し合っている内に一つの建物に到着した。


「あ、ここかも」


 それはレンガ造りの年季のある建物だった。

 同じぐらいに年季のある塀に囲まれているが、門は開いている。

 馬車から降りて中に入ってみる。

 魔眼で見えた子供たちの声が聞こえて来たのでそっちの方へ歩いていく。


「誰だお前⁉」


 気の強そうな男の子の声が僕に投げつけられた。


「姉ちゃん! 知らない奴が入り込んでる!」

「なんだなんだ!」


 畑に集まってなにかしていた子供たちが、わっと集まって僕たちを囲んだ。


「ほらどいてどいて」


 視界を埋め尽くされて困っていると、優しい声が子供たちの壁を開く。

 そしてそこを通ってきたのは僕の知っている女性だった。


「遥さん」

「え?」


 僕に名前を呼ばれて、白ローブ姿の遥さんは怪訝な顔を浮かべる。

 よく見るとそれは修道女のそれみたいだ。


「えっとどこかで会ったかしら?」


 遥さんは僕のことがわかっていないみたいだ。

 そういえば、いまの僕って子供の姿か。


「琴夜彼方です」

「……え?」

「へロースーパーの品出しバイトの後輩の」

「え? え?」

「あの日、人食いの家に置いて行かれた」

「ええ⁉」


 遥さんの整った顔が驚きで面白いことになっている。


「彼方君⁉ え? なんでどうして? こんなことに⁉」

「色々あったんです」

「なにがあったらこんなに可愛くなるの⁉」

「いや……え?」


 あれ? 遥さん、なにか別種の興奮してらっしゃいません?


「納得したか?」


 話が着くのを待っていてくれたらしいアリスが声をかけて来た。


「あなたは?」

「そういう詳しい話をするために、静かに話ができる場所にいきたいのだが」


 可愛らしい見た目とは真反対の堂々としたアリスの喋り方に驚きつつも、遥さんは僕たちを建物の中に案内した。


 どうやらここは教会が運営する孤児院みたいな場所なのだそうだ。

 遥さんはここを手伝って生活しているのだという。


「なにがなんだかわからなかったわ」


 お茶を淹れてくれ、テーブルに着いてから遥さんが本格的に語り始める。


「彼方君をあそこに置いて車が走り出して、私、すごい怒って戻れってずっと言ってたの。彼らもさすがに反省して十分後ぐらいには戻るって言ったわ」

「あ、でも十分はかかったんですね」

「……ええ」


 遥さんの微妙な返事。

 きっと『反省』って部分は嘘だろうな。


「それで、Uターンできるところに来て速度を落としたところでいきなり……」


 いきなり、景色が変わった。

 夜の峠道から道もない森の中へ。

 車は地面に足を取られ、しかもパンクしたのかすぐに動けなくなった。


「わけもわからず、それでも私たちは助けを求めて森を出て歩き続けた」


 そして、この旧王都に辿り着いた。


「私たちを怪しんだ門番の人になにかの道具を押し付けられたら、なんだか変な態度になって、それで城にいる貴族の人の所に連れて行かれたの」

「貴族の名前は?」

「え? えっと……メルリンク侯爵よ」

「メルリンク? ああ、あの家系か」


 アリスは一人でなにか納得して頷いている。


「続けるわね? それで、その貴族の人が私たちは他の世界から来た稀人という存在だって。特殊な力があるから、どうか国のために力を貸して欲しいって」

「それで、どうしたんですか?」

「わけがわからないところに来て、頼るものもなかったんだもの、信じるしかないわ。とにかくそれで半年ぐらい、その貴族の人のところで色々と訓練させられたの」

「……半年?」

「ええそうよ。半年。それで、私は戦いが合わないってわかったし、手に入ったスキルが回復ばかりだから、ここに残って頼まれた時に怪我人の治療をしたりとかしてさらに半年。もう一年はここにいるわ。……どうしたの?」

「いえ……僕の体感だとまだ一週間ぐらいなんですけど?」

「え?」

「ねぇ、アリス」

「そうだな」

「ど、どういうことなの?」

「まずはこちらの状況を説明するべきだ、カナタ」


 混乱する僕と遥さんにアリスは言う。

 言われた通りに僕の方の事情を話す。

 遥さんに置いて行かれてからアリスに出会い、どうやって異世界にやって来たかを。


「え? 待って……それじゃあ」


 遥さんはひどく混乱をしているようだった。


「彼方君たちは元の世界にいるということ?」

「ええまぁ、そういうことです」

「そんな、信じられない。だって、城の魔法使いたちは戻るのは不可能って」

「奴らの知識では無理だろうな」


 アリスがそう言うと遥さんが凄い勢いでアリスを見た。


「……あなたにはできるの?」

「できる。が、もちろん簡単ではない」


 アリスは僕に説明したのと同じことを話す。


「つまり、戻りたければその世界間の壁にあるはずの私が開けた穴を感じられるようにならなければならない……と?」

「そういうことだ」

「……信じられない」


 絞り出すように遥さんが言う。


「いえ、信じたいけど、もう何を信じたらいいのか」


 疲れた顔で遥さんは首を振った。


「とりあえず、再会できてよかったです」


 慰めにはならないだろうけど、僕としてはそう言うしかなかった。


「そうね。私もあそこに置いて行かれた彼方君が無事と分かってよかったわ」


 なんとか前向きな答えを絞り出して遥さんは淡く笑う。

 と、その時、どこからか匂いが漂ってきた。

 美味しそう……まではいかないけど、なにか料理をしているみたいな匂いだ。


「あ、そろそろ夕食の支度を手伝わないと。ごめんね、ここは貧しいから一緒にとは……」

「そういうのは大丈夫です」


 うん、ファンタジーの孤児院が貧しいのは、なんかデフォだよね。


「あ」


 そうだ。

 試すつもりで僕は空間魔法を使い、その中に入れていたカレー鍋と炊飯器を取り出した。

 おお、ちゃんと取り出せた。


「え?」

「じゃあ、これもご飯の足しにしてください」

「カレー?」


 突如としてテーブルに現れたカレー鍋の蓋を開け、炊飯器を撫で、心ここにあらずという風に遥さんが呟く。


「カレーです。あ、鍋と炊飯器は返してくださいね」

「カナタ、ここで電化製品は使えないぞ」

「うん、そうだろうけど」

「ふぐっ」

「ええ!」


 アリスと話しているといきなり遥さんが口元を押さえて呻いた。


 遥さんは泣いていた。


 一年ぶりのカレーとご飯の匂いは彼女の郷愁を誘ってしまったみたいだった。



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