41 憑依スライム・アリス&カナタ09
馬車が凄い速度で進んでいく。
「……なんとなく、歩いていくのを想像してた」
ほら、ファンタジーだと徒歩で何日、とかやるから。
「歩きでは遅いだろう」
「そりゃあそうだけど」
「まぁ、カナタの世界に比べたら道が整っていないからな。馬車も良く揺れて鬱陶しいが」
「それもね」
ガタンガタンよく揺れる。
「変身しててもスライムはスライムだね」
体の中が振動でぴょこんぱこんしてるのがわかる。
スライムの移動が基本上下運動だったからか揺れには強いみたいだけど、人間の時だったら確実に車酔いみたいになってた。
「あまり大きな衝撃を受けたりするな。慣れるまでは簡単に変身が揺らぐ」
「わかった」
ぷるるんってしたほっぺたを押さえつつ頷く。
「ほら、見えて来た」
アリスに言われて外を見ると高くて長い城壁と、それを超えるほどに大きな建物のある威容が目に入った。
「おお、すごいね」
「フェールメール王国の旧王都ドネチザンだ。見ろ、あそこにかかった旗を」
アリスに示された城門の上の方にある旗を見る。
三つの首を持つ鷹っぽい鳥が中央に在る旗だ。
「意味が分からん。なんだ三つ首がある鳥って、あれで空が飛べると思っているのか?」
「あれ? そういう反応?」
「空中でどれが主導を取るんだ? 三つが同じ方向を向いていないと落ちるという暗喩か? おお、革命が簡単そうだ。実際にやってやったしな」
ああ、アリスはこの国が嫌いなんだなって乾いた笑いを聞きながら思った。
馬車は城門をすんなりと通り抜けていった。
門番に止められて色々聞かれていたけれど、御者の人がなにやら話すと納得した様子で通された。
「……ていうか、なにか不穏なワードが聞こえていたような?」
『買った』とか『内密に』とか。
「僕らってどういう扱いになってるの?」
「うん?」
「なんか、御者さん危ないこと言ってたよね?」
「ああ……名前を出せないやんごとなきお方が金に飽かせて趣味の物を買った。わかってねと、金貨の入った小袋を渡しただけだ」
「うわぁ……」
社会の闇がドロドロと零れているよ。
「こんな立派な馬車。普通にいけば逆に身分証明が面倒だが、より高い身分を匂わせる道具にもなり得るということだ」
「ソウデスカ」
「さて、街の中に入ったが、目的の……カナタの側室候補はどこにいるんだ?」
「いつのまにかそんなことに⁉」
「結婚してすぐに側室ができたしな。まったくとんだ性豪だな」
「側室って一色(ひいろ)のこと⁉ 違うよね⁉ そもそもそっちで勝手にそんな話にしてたよね⁉」
「それは当然だろう? 我は正室だぞ? 側室の管理は当然だ」
いや、待て待て落ち着け。
こういう会話でテンパるのはなんか情けない。
もっと冷静に。
「あのね。僕にはアリスだけで精いっぱいだよ。ただの貧乏高校生だからね」
「なんだ金か? そんなものはすぐに溜まるようになる。我の夫だからな」
「いや……」
「それに、我としては二つ約束してくれれば側室なんぞいくらいてもいいぞ」
「だから僕にそんな甲斐性はないけど……なに? 約束って?」
「まず一つ、我を一番に愛せよ」
「うん、それは、まぁ……あと一つは?」
「カナタの最初の夜の権利は我の物だぞ」
「最初の夜って……」
……あ。
「カナタに女を教えるのは我の役目だ。これは誰にも譲らん」
「ん~」
なんでこういう恥ずかしいことを堂々と言えるのか。
僕はただ、頭を抱えるしかなかった。
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