30 オカルティックに職場体験03


 なにか変だとアリスが言った。


「変?」

「うむ。紅色の見立て、狂うていないか?」

「どうして?」

「カナタに任せたあの家に比べると、この山の不穏具合いとの差が大きい」

「それだけ一色の方が慣れているってことじゃないの?」

「そうであればいいんだが」


 アリスにそう言われると、僕が見えている黒い雲のことが気にかかる。

 なにか言うべきだろうかと思った矢先、いきなり一色が膝から崩れ落ちた。

 紅色さんが慌てて介抱している。


「行ってみる」


 僕はアリスに声をかけて車を飛び出した。


「紅色さん⁉」

「すまないかな君。どうやらミスってしまったみたいだ」


 紅色さんの声にも焦っている雰囲気がある。


「うっ」


 抱えられている一色を見ると、その胸を中心に黒い靄が貼り付いている。

 事故物件で見た時のようにカビみたいになったそれは、葉脈のようなものを蠢かすだけでなく、目のようなものまでできていて、僕と視線を合わせた。


「これは?」

「一色の放った武霊傀儡が怪異の主に捕まってしまったみたいだ」

「武霊傀儡?」


 あの鎧武者のことだろうか?


「我が家に伝わる方法でね。詳しくはかな君といえど秘密だ」

「それはいいんです。僕は……僕にできることはありますか?」

「…………そうだね。このままだと一色は魂を握られて相手に支配されてしまう。私はそれを抑えるのに手いっぱいだ。かな君がなんとかしてくれるなら手っ取り早いんだけど」

「なにをすれば?」

「この山のどこかに怪異の主がいる。それを倒すんだ」

「わかりました」


 僕は頷くと、一度アリスの所に戻る。


「アリス、ちょっとあの山に入って来る」

「わかった。人助けも経験だ。行って来い」

「うん」

「だがその前に……さっきのことを実行しておけ」

「あ、そうだね」


 そう言われて、慌てて貯蓄魔力値を消費してスキルを得る。


「じゃあ、行って来る」

「うむ、武運を掴んで来い。我が夫よ」


 夫。

 何度かそう呼ばれているけど、いまほどうれしくなる瞬間はなかった。



 山へと入る。

 運動能力強化をオンにしてひたすら上を目指す。

 その間、魔眼の霊視と魔力喰いももちろんオン状態にしている。


「うわわ」


 でもこれは失敗した。

 魔眼に吸い込まれる黒い靄が視界の邪魔をして何も見えなくなってしまったのだ。


「くそっ」


 あやうく木にぶつかりそうになったので魔力喰いだけはオフにして上を目指す。

 一色の武霊傀儡を捕まえたナニカはあの雷雲のような真っ黒な場所にいるはずだ。

 そう思っていたのだけど、その内それさえもおぼつかなくなる。

 黒すぎて何も見えなくなったのだ。

 紅色さんが持たせてくれた懐中電灯も付かなくなってしまった。


 だけど、山のかなり上までは登ったはずだ。


「よし、こうなったら」


 魔力喰いを再びオンにする。

 どっちにしても見えないのなら、吸い込んだ方が向こうにダメージを与えられるはずだ。


 アリスの助言に従って魔力喰いのレベルを上げたからか、事故物件の時よりもすごい勢いで黒い靄が集まって来て、貯蓄魔力値が増えていくのがわかる。


「見えないなら見えるようになるまで吸うだけだ」


 黒い靄が集まって来るものだからわずかの間はさっきよりも視界が悪くなったけれど、少し待つと辺りがすっきりとした。

 十歩ぐらいのものだけど、ないよりはマシ。


「よし、このまま吸いながら先に進もう」


 ついでに、たまった貯蓄魔力値を使って魔力喰いのレベルを3にする。


「ここにいたらどんどんスキルアップができそうだ」


 魔力喰いのレベルが上がったからか、吸い込む速度も速くなり、すっきりする空間も広くなる。

 そして貯蓄魔力値がどんどん溜まっていく。


 一色のことがなかったら、隅から隅まで巡ってこの山の黒い部分を全て吸い上げてていたかもしれない。


 だけど……。


「うわっ!」


 いきなりの風切り音とともに衝撃に襲われて、吹き飛ばされた。


「痛……」


 なにが起きたのかと思っていると、目の前の地面に矢が転がっている。

 もしかして、これが僕に刺さった?

 だけど、衝撃のあった胸の部分を触っても穴も開いていないし、血も流れていない。

 混乱しそうだったけど、原因はすぐに思い浮かんでいたのでなんとか踏みとどまれた。


「ウゴア……オノレ」


 声がしてそちらを見ると赤黒いなにかに包まれた鎧武者がいた。

 一色の武霊傀儡だ。

 それになにかが取り憑いているということか?


「一色を離せ!」


 魔力喰いを実行する。


「ググ……」


 武霊傀儡の周りにある赤黒い靄が、周囲の黒いモノと一緒に引っ張られてくる。

 だけど、耐えているみたいだ。


 そして……。


「ブレイモノ!」


 そう叫ぶと弓に矢を番えて僕を撃った。


「ぐっ!」


 また、胸に衝撃が襲う。

 だけど矢は刺さらずに地面に転がる。


「オノレナゼダ!」


 原因がわからずに怒り狂っているそいつにまた矢を射られたらたまらないので、木の後ろに隠れる。


 怪我をしていない理由は仮想生命装甲というスキルだ。

 これは負傷するような事態に陥った時にまず消費される数値のことをいう。

 身代わりの盾というか見えない鎧というか。

 バトル物のアニメですごいダメージを受けたはずなのに服が破れているだけのあれというか。

 そういうものだと思ってる。

 とはいえ有限なのでいくらだって受けてやるっていうわけにもいかない。


「オノレ! オノレ! オノレ!」


 武霊傀儡が次々と矢を放って来る。

 盾代わりにしている木が一矢ごとに不吉な音を立てて、いまに穿たれるか、倒れるかしそうだ。

 とりあえず隣の木に退避する。


「ワレコソハコノチノアルジ、#$%#$#%#$#」


 ただでさえ聞き取りにくい声が、名前の部分になるとさらにわけのわからない音になった。

 矢が尽きる様子はない。

 そしてやっぱり盾代わりにした木は数矢で撃ち抜かれて倒れていく。

 怖い。

 怖すぎる。

 だけどなぜか、体が恐怖で動かなくなるということはない。

 異世界でもらった加護のおかげだ。


 なら、アリスが考えてくれた戦法もきっと役に立つ。


 視界の確保のために魔力喰いをオフにすると、次の行動のために深呼吸をする。


 勝負は一発。


 アリスが教えてくれたのは向こうの世界での負化勢力との戦い方。

 負化勢力というものがどういうものかわからないけど、アリスから見れば、オカルトと同じ側の存在なのだろう。

 それに取れと言われたスキルのことを考えれば、僕にも納得できる。


 それは神聖魔法。

 遥さんを探そうとして遠視と失せもの探しの魔法を組み合わせた要領で、視線に神聖魔法による浄化の力を乗せて相手を倒す。


「ただ見るだけならば、いまのお前にもできる」


 剣を振るとか銃を撃つとか、格闘技とか……そういう専門的なことはいきなりできないけど、見るだけなら、たしかにいまの僕にだってできる。


 だから、やる。

 矢が撃ち込まれて三本目の木が折れたタイミングでそこから飛び出すと、武霊傀儡を見る。

 それに纏わりついている赤黒いものを見る。


「ナッ! ソノメハ! ヌヲ!」


 瞬間、白い光が僕の前で爆発した。

 その爆発の中で、武霊傀儡の後ろにもう一人の人の姿があったようにも見えた。

 だけどそれが、なにかはわからない。


 とにかく、次の瞬間には武霊傀儡だったものがばったりとそこに倒れ、そして周囲からは黒いモノが失われたのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る