31 オカルティックに職場体験04


 武霊傀儡は倒れると、すぐに消えてしまった。

 周囲の黒雲みたいに密集していた黒いモノまで消えてしまう。


「あ、まずい?」


 武霊傀儡が消えたことで一色にもなにかあったかもしれない。

 そう思った僕は焦って山を下りた。

 運動能力強化がオンになった状態だし、視界が晴れたことですぐに下りることができた。


「大丈夫⁉」

「かな君!」


 山を駆け下りた僕に紅色さんが驚いた声をあげる。


「一色は?」

「ああ、呪は解けたみたいだ。やってくれたんだね」

「ええと、たぶん」

「そっか……ちょっと見てくるから一色をお願いできるかな」

「わかりました」

「見てるだけでいいから」


 そう言って山に入っていく紅色さんを見送り、僕は一色を抱えて車に運んだ。

 アリスに車を開けてもらい、後部座席に寝かせる。

 いままで座っていた場所を奪われたアリスが外に出て来る。


「一色、大丈夫かな?」

「気絶しておるだけだな」


 一瞥したアリスがそう言ったので安心した。

 車を出たままのアリスが山を見上げる。


「もう大丈夫?」

「うむ、怖くない」

「そっか」


 アリスのその反応にほっとしつつ、紅色さんを待つ。

 三十分ほどで彼女は戻って来た。


「どうでした?」

「ちょっと調査が必要かもね。とにかく、私たちの仕事は終わり。帰ろうか」


 紅色さんに促され、車に乗る。

 僕が助手席にいき、アリスが後部座席で一色に膝枕をする。


「いやぁ、ごめんね。初仕事でトラブルなんて」


 車が走り出すなり紅色さんが謝る。


「いえ……」


 と、僕が答えようとしたところで。


「嘘を吐くな」


 と、アリスが言った。


「最初からわかっていただろう?」

「アリス?」

「娘を囮にカナタの実力を知ろうとは、あまり性質の良い話ではないな」

「……かな君が一体どうなっているのか、ちゃんと知りたかったからね」

「紅色さん?」


 アリスの言葉を肯定してしまう紅色さんに、僕は驚いた。


「なにを……?」

「かな君、私はね、美来にかな君のことを任されているんだよ。だからさ、もしもかな君に影響を与えているモノが邪悪なのだとしたら、私は命を賭けてでもそれを排除しなくちゃいけないんだ」


 運転をしながらそんなことを言う紅色さんの横顔を見て、僕はゾッとした。

 そこには冗談や照れのようなものはない。感情を完全にそぎ落とした真顔があった。

 紅色さんはとても整った顔をしているからこそ、それがとても怖かった。


「でも、そんなの……」


 アリスの正体を確かめるために一色を利用したということになる。

 自分の娘を……。


「一色も承知しているよ」

「え?」

「そして、一色はこう言ったんだ」


『アリスさんはまだわからないけど、彼方はちゃんと大丈夫。ちゃんと助けてくれる』


「ってね」

「…………無茶をしますね」


 僕たちを試すために娘を危険にさらす紅色さんも、そしてそれを受け入れる一色も。

 どちらも危ない。

 そこには危険領域に足を踏み込んだ執着を感じる。


「ふん、くだらない」


 と、アリスが後ろで呟いた。


「我はカナタの物。カナタは我の物。夫婦であればそれが当然であろう。ならば、カナタが嫌がることはしない」

「夫婦であれば、ね」


 アリスのその言葉に、紅色さんは苦笑した。

 そんな彼女の気持ちが、僕にもわかった。

 僕の知っている夫婦は、理解し合っていたとはとても思えないから。


 でも、だからこそ。


「僕たちは理想の夫婦になりますよ。きっと」


 僕は言う。

 紅色さんは少しだけ隣にいた僕の目を見た。

 すぐに目を戻す。


「お妾さんの話とかしてなかった?」

「!」


 昨日泊まった時の話だ。

 聞いていた⁉


「あ、いや……それは……」

「別に良かろう? 正妻が良いと言っているのだから」

「ええ、娘が妾になるのを喜ぶ親はいないと思うなぁ」


 アリスの返答に笑っている。

 遊ばれている。

 紅色さんの反応にそう思ったけれど、慌てている僕はそれを咎めることができなかった。





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