28 オカルティックに職場見学01


 目が覚めると紅色さんの車で一度アパートに送ってもらい、着替えてからバイトに向かう。

 せっせとバックヤードに入った商品を商品棚に詰めていく。

 単純作業は無心になれてなんか好きだ。

 工場の流れ作業とか性に合ってるかもとか思っている内に夕方になって食料品店を出ると、紅色さんが迎えに来ていた。


「やあ、もういける?」

「はい」

「じゃあ、まずはご飯だ。希望はある?」

「甘いものを所望する!」

「なら、コメダ珈琲にしよう」


 アリスの第一声がそのまま採用されてしまった。

 シロノワールに大感激するアリスを鑑賞してから車が再び出発する。

 車は隣の県に入ったところで国道を外れ、住宅地へと入って、一軒の家の前で泊まった。

 到着したごろには陽はすっかり落ちていた。


「今日の仕事場はここだ」

「普通の家……ですよね?」

「そうそう。まぁ、詳しくは中で」


 そう言うと、取り出した鍵で家の中に入っていった。


「ここはいわゆる事故物件って奴でね。事故物件ってわかる?」

「はい。あの……人が死んだ物件ですよね?」

「まぁそんな感じ。ほとんどは害もないんだけどね」

「そうなんですか?」

「それはそうだよね。人間なんて毎日そこら中で死んでるんだから。その全部が悪霊になるわけもないよね?」


 そう言われるとそうだ。


「それなら……」

「おっと、ここからはかな君の仕事だ」

「え?」

「ちょっと、とりあえずノーヒントでやってみようか?」

「ええ!」

「大丈夫、失敗しても私がなんとかするから」

「はぁ……」

「一色も手出し無用だからね」

「え?」

「あなたは次の現場をやってもらうから」

「次もあるの?」

「そうだよ。アリスさんは?」

「我は車で待っているぞ」


 家の中を一瞥するとアリスは外へと出ていった。

 アリスに車の鍵を預けた紅色さんが僕に向き直る。


「さっ、やってみて」

「はい」


 とはいえどうすればいいのか?

 あ、教室の黒い煙。

 あれの時と同じことをすればいいのかも?


 そう思って魔眼・霊視をオンにする。


「うわっ」


 その瞬間、景色が変わった。

 照明が古いから暗いのだとと思っていた玄関から続く廊下の壁や床にびっしりと黒いモノがカビのように貼り付いている。

 しかも所々で葉脈か血管かみたいな感じで線を伸ばして繋がり、しかも脈打っている。

 そして、廊下の左右にある扉や行き当たった先の曲がり角から何か黒いモノがこちらを覗き込んでいる。


「なにか見えるかい?」

「……ええと、家の中全体がなんかすごくカビっぽい生命体に侵食されてるような感じで、あと、なにか変なのがあちこちから僕らを見てます」

「へぇ……」

「うわ、出てきた」


 覗き込んでいる黒いなにかが廊下に出てこちらに近づいてくる。

 人型だ。

 だけど普通の人よりも大きい。

 雰囲気は黒く汚れた着ぐるみを着たなにか。


「これ、どうしたら?」

「倒せるなら倒しちゃっていいわよ」

「そんな簡単に」

「大丈夫、君ならできる」

「それじゃあ……」


 教室でやった時のイメージで……あの時は魔力喰いが働いたんだってアリスが言っていた。

 それをやってみる。


「うっ」


 目が痛い。

 瞬間、家中がゴウッと唸り、そして壁や床に貼り付いていた黒いモノが剥がれて僕に向かってきた。

 さすがにびっくりして固まっていると、それらは僕にぶつかる寸前で消えていく。

 いや、見えなくなった。


 でも自分になにかが入っていくのはわかる。


 それでわかった。


 あ、これ貯蓄魔力値になってるって。

 いまはステータスを確認できないけれど、なんとなく感触でわかる。

 スライムの時にはわからなかったけれど魔力の溜まっていく感覚がわかる。

 でも、これだと人型の魔力を吸うのは間に合わないな。


 やばいかも。


「おっとさせないよ。双白虎」


 背後で紅色さんが呟くのが聞こえた。

 そのすぐ後だ。

 僕の左右からわっと白い圧力が駆け抜けたかと思うと、瞬く間に近づいてきていた人型を前脚の爪で薙ぎ払ったり、噛み砕いたりした。

 とん、と猫っぽい音の少ない着地音の後には動物園で見たことのあるものよりも大きくて迫力のある白い虎が二頭、狭そうに廊下にいる。


「ふむふむ。なるほどね」


 紅色さんだけが一人、なにかを納得している。


「かな君の目は強力だけど、個が強いのを相手にするには時間がかかるので、防衛方法を身に付けるか、それ担当の相棒がいる方がいいね」


 そう言われた。


「とはいえ浄化能力はぴか一だ。見てごらん」


 そう言われて改めて玄関からの光景を見ると、さっきよりもきれいに見えた。

 さっきまで力の足りなさそうだった照明が新品みたいな光り方をして、廊下の奥に溜まっていた影も払っている。


「うんうん、いいよう。ここは終了!」


 紅色さんに頭を撫でられ、そう宣言され、それでこの家は終わった。




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