27 幼馴染の家の知らない風景について


 境衣の家は部屋が余っている。

 泊まった時には使わせてもらっていた部屋に布団を敷く。

 アリスは一色の部屋で一緒に眠るそうだ。

 大丈夫かなと心配になる。

 二人は決して、仲がよさそうには見えなかった。


「でも、なんとかなるかな?」


 希望的観測ってやつだけど。

 布団に転がって天井を見る。


 するっと眠れる気分じゃない。


 子供の頃から慣れ親しんでいるはずの境衣家が、なにか知らない場所に変わったように感じられる。

 それはきっと、紅色さんの話のせいだろう。


「なんだよ退魔師って」


 魔を退治する?

 いや、そういう意味的な話じゃなくて。

 そういうのが嫌いなわけじゃないけど、だからって本当にあるなんて思ったことはない。全ては現実を刺激するスパイスみたいなものだと考えていた。

 でも、本当にある。


 その証拠を紅色さんは見せてくれた。



 ここに来る前でのキッチンの会話を思い出す。


「これ、かな君には見えてるでしょ」


 いきなり紅色さんの後ろに黒い人型が立った。


「紅色さん、それ」

「こいつはさっきまでの仕事で調伏した元神様だ」

「元神様?」

「そう。朽ちた神社や祠なんかで生まれるんだ。一度、神として崇めておいて放置されるとね、こういうのになる。これだけじゃないけど、こういうのを倒したり、従えたり、調整したりするのが退魔師の仕事」


 紅色さんは後ろに立つ黒い人影と僕を見比べる。


「うーん、やっぱり面白い」

「え?」

「かな君、これが怖くない?」

「え? まぁ……」


 なんでかな?

 あ、加護に恐怖耐性ってあったから、それが原因かな?


「私はこいつを調伏するのに三か月もかかったんだよ? それが怖くないなんてね。一色だって、こんなことをしてたら怒るよ」

「はぁ……」


 そう言われても、いまいち実感が湧かない。


「かな君は退魔師という型にはきっと嵌まらない。だけど、退魔師の仕事はできる。どうかな? 試してみない?」


 そこまで言われると断るのも難しい。


「とりあえず即日で終わる仕事があるんだけど、明日行ってみない?」


 明日は朝から夕方までバイトがあると言うと、なら夜に出発しようと言われてしまった。



 そして、ベッドに転がる僕がいる。

 アリスと出会って異世界を覗き、そしていまこちら側でも知らない世界の扉を開こうとしている。


「なんだか変なことになっているなぁ」


 ここ最近の人生の激変ぶりに感覚が付いて行かない。

 とはいえ、だから嫌だという話ではない。

 義妹にやられてからずっと鬱々としていた心がいまは、楽しい方向で揺れ動いている。

 だから問題はない。


「とりあえず、独り立ちを目指す。そこが重要だね」


 独力で大学に行けるようにする。

 明確な目標はこれにしよう。

 後はもう、なるようになれだ。


「うん?」


 なにか、バタバタと足音が近づいてくる。


「カナタ!」

「うわっ!」


 いきなりアリスが部屋に飛び込んできた。


「一色が意地悪をする!」


 そう叫んで布団の中に滑り込んで来る。


「ちょっと! アリスさんなにしてるの⁉」

「一色が意地悪するのが悪い!」

「なにをしたのさ?」


 アリスの泣き顔に驚きながら一色を見ると、彼女は困ったように「ぐう……」と唸った。


「……ちょっと、体験話をしただけよ」

「え?」

「だから! さっき母さんがなにかしたでしょ? それでアリスさんが怖がったものだから、ちょっとその話をしてみただけで」

「……やっぱり、一色も見えたりするんだ」

「……ええ」


 ずっと知らなかった。


「ごめん。母さんに黙っていろって言われていたから」

「うん、まぁ……」


 たしかに、そんなに信じられる話でもないけどね。


「でもまさか、こんな近くに霊が視える人がいるなんて」

「そんなことを言いだしたらアリスさんの方がもっと珍しいと思うけど」

「そうかも」


 いや、そうなんだよね。


「母さんの仕事を手伝うの?」


 と、一色が聞いてきた。


「うん。とりあえず職場見学みたいなものって言うから」

「それ、私も行っていい?」

「紅色さんがいいなら」

「そっか」


 と、一色の表情が緩んだ。


「ありがとう」

「どういたしまして?」


 どうしてそこで感謝なのかわからない。


「それより、アリスさん、もう戻るわよ」

「いやだ。一色は意地悪するから我はここで眠る」

「ダメに決まってるでしょ!」

「いーやーだー」


 アリスは完全に僕の布団に潜り込んで出てこない。

 一色もまさか、アリスがここまでオカルトが苦手とは思わなかったんだろうけど。


「あー……」


 どうしたものかと、とりあえず言葉を整理する。


「まぁいつものことだからアリスはここで寝させるよ」

「いつものこと⁉」


 一色が顔を真っ赤にした。


「あ、いやいや」


 一色が何を勘違いしているのかを理解して訂正しようかと思っていると、アリスが布団から顔を出す。


「うらやましかろう?」

「ぐっ!」


 アリスがニヤニヤ笑いながら一色を見る。


「側室」

「は?」

「側室でいいなら、カナタの反対側が空いておるがな」


 反対側?

 ええと、アリスがこっち側だから。

 つまりその反対側?


「アリス? 何を言っているのかな?」

「カナタならばそれぐらいの器量はあろう?」

「いやいや、そういうことじゃなくて……」


 日本は重婚禁止だから!


「お。お妾さんならあるよ!」

「一色も何を言ってるかな⁉」

「その覚悟があればよし!」

「アリスも⁉」

「じゃ、じゃあ」


 一色が俺の隣に潜り込んできた。


「一色?」

「別に初めてじゃないでしょ? 幼馴染なんだから」

「いや、そうだけど」

「それとも、本当に何かする?」

「しないよ!」

「……いいのに」

「なに?」

「なんでもない! おやすみ!」


 叫んだ一色は僕に背中を向けて眠ってしまった。


「なんなんだ?」


 よくわからないけど、僕も寝ることにした。




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