24 憑依スライム・アリス&カナタ05


 まず気になったのは時間。

 僕たちは元の世界の睡眠時間中にこの世界に来ている。

 だから、あまり時間をかけては制限時間が終わってしまうのではないかというのが気になった。


 アリスの答えは問題ないだった。

 世界間を移動する際に、ある程度は時間流に干渉することができるとかなんとか……理屈が難しすぎてよくわからなかったけど、彼女がなんとかなると言ったのだからなんとかなるのだろう。


 もう一点は、スライムの能力。

 どこまでを分解吸収できるのか。

 その二つが解決したら、後はやるだけ。


 サイクロプスが寝静まる夜まで再びゴミ捨て場に移動して分解吸収を続けた。

 そして夜。

 行動を開始する。

 やることは簡単。

 牢屋は木製なのでスライムの分解吸収で壊すことができる。城壁も木製だから同じ。

 牢屋の外に繋がる壁に穴を開け、近くの城壁の木一本分だけ分解する。

 それだけで姫サイクロプスが逃げるルートは確保できた。


「ギャガゴイ?」


 あっという間の出来事に姫サイクロプスも戸惑っている。

 僕としては言葉がわからないのでぴょこたん跳ねて意思表示するしかない。

 姫サイクロプスは髭と虎柄に比べれば小柄だったから僕たちの作った穴でもなんとか抜けることができた。

 城壁にできた隙間を潜り抜けたのを見届けた僕は一仕事を終えた気分で去っていく姫サイクロプスを見ていると、なんと彼女は戻って来た。


 何事かと思っていると、姫サイクロプスは僕の前で膝を突き、人差し指で恐々とした様子で僕の体を撫でる。


 いきなり、僕の体が淡く光った。

 それはすぐに消えてしまったのだけど、それに満足した様子で姫サイクロプスは笑うと今度こそ森の闇の中に消えていった。


「な、なに?」

「恩を知るサイクロプスだったようだな」

「え?」

「サイクロプスは神と大地を繋げる祭司の種族でもある。カナタになにかの神の加護を下ろしてくれたのだろう。たとえサイクロプスでもそう何度もできることではない。本当に感謝しているのだな」

「はぁ?」


 よくわからない。


「なんの加護を得たかは、戻ってからステータスを見てみると良い」

「そうだね」


 なら今日はと言いかけたところで、城壁をすさまじい音が襲った。


「ええ⁉」

「おや、向こうは意外に短気だったようだな」


 面白そうなアリスの笑い後をかき消して轟音が続く。

 何事かと姫サイクロプスのために開けた穴を潜って外に出てみると、そこには無数の鋭い光があった。


「光槍の魔法だ。サイクロプスのサイズで使えばあんなにも大きくなる」


 光の下には赤く染まった眼光がある。

 怒りの色なのか、興奮の色なのか、光槍はその赤い光点のある場所から次々と生まれ城壁に突き刺さり、砕き、集落へと投射されていく。


「うわわわわ」


 凄まじい破壊の轟音に僕はあっという間にパニックになってしまった。


「に、逃げよう!」

「ふむ、ならもう帰るか?」

「そうだね、そうしよう!」


 僕の悲鳴のような情けない返事がスイッチになったみたいに、全てが真っ暗になった。



††姫サイクロプス††



「父様!」

「レレルリアアレ!」


 姫サイクロプス……レレルリアアレの姿を見た父は驚きの声を上げた。


「お前、どうやって?」

「助けられました」

「? そうか? いや、無事でよかった」


 この陣容を見る限り、父は娘であるレレルリアアレを見捨てたのだと理解できたが、それを責める気はなかった。

 人質として利用されて里に迷惑をかけるような情けない死を迎えるぐらいならば死を選ぶ。

 レレルリアアレたちの信仰する勇武の神ガバが求める生き方はそういうものだ。


 レレルリアアレを攫った里は汚濁の神ジャを信仰している。ひどい匂いのする里が壊れていく様を見るのは胸のすく思いだった。

 ただ一つ、気になることがある。

 自分を救ってくれたあのスライム。

 あれはなんだったのか?


「む、レレルリアアレ! 貴様、誰かに加護を授けたな⁉」

「はい」


 父が激怒の様子を見せる。ジャの者に加護を授けるような愚かなことをしたのかと思われたようだが、レレルリアアレはすぐに経緯を説明した。


「なに? スライムに助けられた?」


 スライムが何か意図のあることをするなど信じられない。父のそんな表情はなっとくできるものだった。

 だが、事実だ。


「真相はわかりませんが、事実は事実。そして恩には感謝です。命を助けられたあの場で示せる感謝は加護しかありませんでした」

「ふ~む。しかしならば、そのスライムはいまあの中か?」

「さあ、どうでしょう?」


 あのままレレルリアアレのために作った穴から逃げたのではないだろうか?

 二体のスライムを見ているとそうではないかと思える。


 お人好しそうに見えた青色のスライム。

 そして、不可思議な気配を放つ赤いスライム。


 なにか、神々の深淵なる計画にでも掠めたのではないか。

 そんな気がしてならないのだった。




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