23 憑依スライム・アリス&カナタ04
あまりに大きな悲鳴に、僕たちのスライムボディがぶるるんと震えた。
「なにごと?」
ぴょこたんと垂直飛びして様子を窺ってもよくわからない。
なにかが建物の中で起きている?
「見てみるか?」
と、アリスが言って来る。
「大丈夫? 危なくない?」
気にはなる。
気にはなるけど、僕にはあの巨人を相手になにかできるとは思えない。
僕一人がどうにかなるだけじゃなくて、アリスにまで迷惑がかかるかもしれないと考えると、動けない。
「カナタは考え過ぎる性格だな」
と、アリスに笑われた。
「好きに動け。我を誰だと思っている? 魔王アリステラ様だぞ。たとえスライムの姿だろうとたかがサイクロプスの一体や百体、なんともない」
「うん」
「それにお前もこれでわかるだろう」
「なにが?」
「この世界でのスライムの立場がだ」
そこまでアリスに言われて躊躇しているというのも格好が悪いので動いてみることにする。
入った時よりゴミの量が減ったおかげでゴミ捨て場から出るのに少し苦労した。
それから悲鳴がした建物へと向かう。
サイクロプスの建物は基礎が石で作られた高床式だ。
ただ、鼠返しの土台部分はしっかりしているけれど、建物そのものは割とおざなりになっている。壁は隙間だらけで、とりあえず囲ってあるという雰囲気だ。
ドアも風よけなのか皮製の幕を下げているだけ。
巨人基準の階段を上がるのは苦労したけれど、それを乗り越えると建物へと潜り込むのは簡単だった。
「悲鳴はどこから?」
「こっちだ」
アリスはもうわかっているのか迷いなく案内してくれる。
そこは牢屋だった。
木製の、だけどとにかく太い柵に覆われた牢屋の中にサイクロプスが一体いる。髭と虎柄のサイクロプスは牢屋の外側からそのサイクロプスを見ている。
牢屋の中にいるのはどうやら女性のようだ。
皮ではないのか、絹のような滑らかそうな布で、胸と腰を覆っている。仕草も女性っぽい。
牢屋の柵越しに髭とギャイゴウと言い合っている。
「なるほどな」
しばらくやりあいを聞いているとアリスがそう言った。
「あ、アリスはサイクロプス語がわかるんだ」
「……そもそも我はカナタたちの世界の言語もわかっているが?」
「……ほんとだ」
「これが万能翻訳の力だ」
「うーん、やっぱり獲得しとくべきかなぁ。それで?」
何を言い合っていたのだろう?
「うむ。どうやら牢の中にいるのは別の集落の有力者の娘のようだな」
「お姫様ってこと?」
「そうともいうかもしれん」
「なるほどねぇ」
たしかに身なりはよさそうだしね。
「こことあの娘の集落は敵対関係にあって、それで誘拐されたようだ」
「じゃあ、いまのはどんな交渉するかとか言ってたわけ?」
「うむ」
「悪役っぽく?」
「悪役っぽくな」
「なら、悪いのはこっちってこと?」
「それはどうだろうな。集落同士の利害関係に明確な善悪などなかろう?」
「ああ……」
それはそうか。
「とはいえ、誘拐という行為が卑怯の類であることはこちらの世界でも同じだ」
「この姫さんはどうなるの?」
「娘の親である有力者が交渉に応じなければ殺される」
「う……」
「まぁ、こちらの集落的に全てがうまくいったとしても、この娘はこちらの集落の誰かに無理矢理婚姻させられて合法的な捕虜の扱いが続くだろうがな」
「ええ……」
「サイクロプスは知能が高いからな。やることは人間とそう変わりない」
僕たちがそんな会話をしている間に三体の間の会話も終わったらしく、顎と虎柄が出ていこうと振り返る。
その時に僕たちのことを見た。
二体は一つの目だけで僕にもわかるぐらいに嫌そうな顔を浮かべて追い払うように手を振りつつ、なるべく距離を取るようにして牢を出ていった。
「ええ……」
その扱いに愕然とした。
「言っただろう? この世界でのスライムは掃除人として重宝する存在だが、死ににくい上に間違って口にでも入ろうものなら大変なことになる。あえて手を出そうとする者は、そうはいない」
「G並に嫌われてるってこと?」
あ、でもGよりは社会の役に立ってる?
でも、嫌われてることは変わらないのか。
なんかへこむなぁ。
それはともかく。
髭と虎柄サイクロプスたちがいた時は強気だった姫サイクロプスも、二体がいなくなると途端に弱気な様子を見せ始める。
「うーん」
「どうするのだ?」
「僕たちで助けたりとかはできるかな?」
「できなくないだろうがな。カナタ、やりたいのなら自分で考えてみろ」
「え?」
「我らにとってはこのサイクロプスの問題がどうなろうとなんの関係もない。いわば他人事だ」
「他人事」
「どちらの勢力が勝とうと、我らの世界にまで影響を及ぼすことはないからな」
「そうだ……ね」
「なら、自分の感情に従って好きに引っ掻き回したとして、誰に責められるものでもない。だろう?」
「うん」
「だから、カナタが自分で考えてやってみるがいい。なに、カナタが危機になれば我が守る。だから心配するな」
「……わかった」
なんていうか、アリスにとっては目の前の出来事も、僕が異世界やスライムでの活動に慣れるためのチュートリアル的なイベントでしかないようだ。
だからといってそれでアリスになにか思う所ができるわけでもない。
彼女は中立的な物事を言っただけだし、実際、僕たちはここになんの思い入れもない。
どちらかに賛同しようと、しまいと、なにかをしてもしてなくても、それは僕たちにとっては、本当にどちらでもいいことなのだ。
それなら、とりあえずはお姫様を救ったという事実で良い気分になったとしても問題はないはずだ。
「それじゃあ……」
僕はいくつかのことをアリスに確認して、作戦を決めた。
作戦というほどでもないけど。
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