20 ダッシュダ~ッシュダシュッ


 五時間目は体育だ。


「う~横腹いてぇ」


 準備運動の段階で掛井君が唸っている。

 今日は五十メートル走をするのだそうだ。

 五人組になって走っていく。

 僕の順番が来た。


 運動能力強化、使ってみよう。

 スキルを手に入れた瞬間から、使い方は頭の中にあった。

 それと意識すれば、自然とそのスキルが発動する。

 運動能力強化はパッシブスキルなので、オンを意識すればずっとそうなっている。魔力の消費はない。

 その分、強化効果はそれほど高くもないとなっているのだけど。


 バン。


 スターターピストルが音を鳴らし、体が前に出る。


 グンッ。

 自分の勢いで、空気圧に体が押された気がした。

 仰け反りそうになったけど、胴体と首の筋肉がその圧を跳ね返し、走り続ける。


「え? え? え?」


 風景が溶ける。

 気が付くとゴールしていた。


「うわ、わ、止まらないと……」


 止まれない。足の力を抜くと自分の勢いに負けてグラグラに揺れてからバタンと転げてしまった。


「痛ぅ……」


 膝擦りむいたよ。


「はは、かっこわる……」


 愛想笑いを浮かべながら皆を見ると、ぽかんとした視線が僕に集まっていた。


「彼方、大丈夫⁉」

「ほれ見たことか」


 青い顔をした一色(ひいろ)がこちらに走って来ていた。

 アリスはそれよりも早く僕の隣にいて、見下ろしている。


「先生、私が保健室に連れて行きます!」

「お、おう。頼む」

「行こう、彼方」


 ぽかんとしたままの体育教師の了解を得て、一色が僕を引っ張って立たせるとそのまま保健室に向かった。

 保健室には先生がいなかったのだけど、一色は慣れた様子で薬品を取り出して膝の擦り傷の治療をしてくれた。


「ありがとう」

「こんなの、陸上部で慣れてるから」


 やりにくそうな顔で一色はそう言った。

 アリスはその後ろでちょっと不満そう。

 そんな傷、我の魔法ですぐ消せるのにと来る途中で呟いていたのを、聞き逃していない。


 気が付くと、一色が僕をじっと見ている。


「あなたは一体、なんなんですか?」


 アリスに向き直ってそう問いかける。

 僕からでは背中しか見えないけれど、その声は怯えているような気がした。


「カナタの妻だが?」

「だから、なんで⁉ 彼方にそんな存在はいなかった!」

「我の正体などどうでもよかろう」

「どうでもって……」

「お前が気にしているのはそんなことではない」

「違うわ! あなたは普通じゃない。あなたから感じるのは……」

「わかっておらんくせにわかったようなことを言うものではないな」

「うっ」


 アリスが睨むと、すごい圧が一色を襲う。

 余波が後ろにいる僕にまでやってきた。


「カナタは我を救い、我はカナタに全てを捧げた。カナタはそれを受け入れた。我とカナタの関係はそういうものだ。それ以上のことなど、外野のお前には関係なかろう」

「…………」


 アリスの貫録勝ちだ。

 言葉を失った一色は立ち上がるとちらりと僕を見た。


「彼方。アリスさんはこの世の物じゃないよ」


 それだけを言うと保健室を出ていった。


「そんなことはとっくに承知よ。なぁ?」

「そうだね」


 でも、それを言い出すと、一色がいたあの謎空間はなんだったのかということにもなる。

 あんなの、僕は一度も体験していない。

 一色はああいうことを体験したことがあるのだろうか?


「自分も十分に謎だろうに」


 憤慨した様子のアリスの言葉には全く同意だけど、とりあえず苦笑いで誤魔化した。


「それより、さっきのだけど」

「ああ、ずいぶんと速く走っていたな」

「やっぱり。効果はそれほどでもないんじゃなかったの?」

「我らの世界の基準ではな」


 おおう。

 そう来たか。


「というか、我の基準だな。あのスキルだけでは我を殺そうとするような連中を相手にするのは無理だぞ」

「なるほど。よくわかったよ」


 普段の生活ではいらないね。オフにしておこう。


「……ねぇ、このスキルっている?」

「いるぞ。前のようなことがあったら、誰が我を守るのだ」

「うーん」


 まぁそうなんだけどね。

 アリスの怖がりは演技じゃなさそうだったし、本当にああいうことが起こるのなら身を守る術は必要なんだけど。


「じゃあ、スキルを手に入れて僕を強くするとして、どういう風にすればいいかな?」


 あるものを使わないのはもったいないし、それなら最初は先輩を頼るとしよう。

 攻略本があるなら、僕は遠慮なくそれを参考にする派の人間なのだ。




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