18 魔眼は覚醒するか?


 目が覚めると、ちゃんと僕のアパートだった。


「寝不足になるかと思った」


 寝ている間にスライムになっていたのだから寝た気にならないかと思ったけど、そんなことはなかった。

 むしろいつもよりすっきりしている気さえする。

 とりあえず口だけ漱いで、朝の支度を始める。


 昨日のビーフシチューをレンジに入れて、座卓に薄皮クリームパンを置く。

 それから二人分のコーヒーを淹れる。

 アリスの分にはスティックシュガーとクリームのポーションも用意する。

 僕はブラック。苦すぎる時だけクリームを入れたりする。


「アリス、朝だよ」

「ん~」


 彼女はぐずぐずとベッドから出てこない。

 何度か声をかけて起きないので、先に食べ始める。

 食べ終わってもアリスは起きなかった。


 昨日はちゃんと起きたよね?

 ならこれは、あの異世界体験が原因なのかもしれない。


「先に学校に行くよ?」

「ん~」

「朝ごはん食べなよ」

「ん~」

「シチューもちゃんと温めて。レンジ使える?」

「ん~」


 ぜんぜん大丈夫じゃなさそうだけどこっちも時間がない。

 本格的に顔を洗ったりと支度をしてから、学校に向かった。


「お、おはよう」

「おはよう」


 前の席の掛井君に声をかけられ、そのままなんとなく話す。

 彼は受験中に封印していたモンハンにはまっているらしく狩り仲間を探しているみたいだった。

 残念、僕はモンハンを持っていない。

 やろうぜと誘われてバイト代が入ったら考えるよと答えておく。

 それよりも秋に発売のゲームのために貯金をしたいという気持ちもあるとも言っておく。


 掛井君と話していたら何人かのクラスメートに話しかけられた。女子はまだ敬遠しているような感じだ。

 遅刻寸前で一色が教室に入ってきたので手だけ振っておいた。

 彼女も小さく振り返す。


「お前、すごいね」


 それを見た掛井君が目をまん丸くしてそんなことを言った。

 そうかな?


 アリスは二時間目が終わった頃にやってきた。


「おはようカナタ」

「おはよう、遅いね」

「カナタたちが勤勉なんだ」


 それだけを答えるとそのまま授業を受ける。

 その横顔を観察しても疲れていたり、眠そうだったりしていない。


「どうしたカナタ?」

「いや、疲れてないかなって」

「はは、あの程度で疲れるものか」

「それならいいけど」

「なんなら、もっと遅くまでするか?」

「うーん、考えとく」


 次の休憩時間にそんなことを話していると、掛井君がぎょっとした顔で僕を見ていた。


「どうしたの?」

「お前、すごいね」


 よくわからなくて、僕は首を傾げた。


 それが起きたのは四時間目のことだ。

 なんだか今日は天気が悪いなぁとは思っていた。

 空には雲一つない晴天のはずなのに、教室の中はどんよりと暗い。

 どうしてかなと思っていると、その暗さが煙の形になって教室の中に散らばるようになった。


 そこでやっと気づいた。


 あ、これファミレスで見たやつだ。

 あのおっさん福助を困らせていた黒い煙のようなものが教室中にある。

 いや、より正確に言うと、それはクラスメートたちの肩や背中に多くが貼り付いている。


 ちらりとアリスを見ると、彼女は退屈そうに授業を聞いていた。

 気付いていないのかもしれない。

 そんなことないか。

 この程度は怖くないだけなのかもしれない。ファミレスでも怖がっていなかったし。


 だとすると怖いものじゃない?

 うーんでも、これのせいで教室が暗くて邪魔なんだよな。


 なくならないかな?


 そう考えた。

 考えた瞬間、目の奥でなにかがドクンってなった。


「ん」


 授業中なのに声が出そうになって、慌てて咳の振りをする。


 びっくりした。


 目の奥が疼いたと思ったら、教室中の黒い煙が消えてしまった。

 なにがどうした?

 まったくわからないまま四時間目が終わってしまった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る