14 福は落ちているらしい


 気が付くと、僕たちは例の階段の踊り場にいた。

 一色がいて、一色の友達がいて、僕がいてアリスがいる。

 野次馬はいない。

 立ち止まっている僕たちをちょっと邪魔そうに見ながら階段を通り過ぎていく。


 困惑する友達のことは一色に任せて、僕たちは帰ろうとした。

 そこで一色と手を繋いでいることに気が付いた。

 あそこを出る時に手を繋いで、それでそのままだったみたいだ。


「じゃあ、また明日」

「…………」

「一色?」

「…………」


 手を離してくれない。

 困ったと思っていると、アリスがペイと手を叩いて引き離した。


「我の夫だぞ」

「…………」


 一色がじろりとアリスを睨み、アリスは僕の腕を掴んでふふーんとどやる。


「じゃ、じゃあね」


 女の戦いが怖いのでそそくさと還ることにする。


 今日はバイトがないので一度家に帰って着替えたら夕飯の食材を買いに出る。

 冷蔵庫が備え付けの物しかない。

 ホテルにありそうな小さいのなので飲み物を冷やしておくので精一杯だ。

 買いだめができるような冷蔵庫が欲しい。


 うーん、お金をなんとかしないと。

 同居人もできたしね。


「どうした?」


 部屋に帰るなり昨日のゴス服に早着替えしたアリスと目が合う。


「お金を稼がないとなって」

「ああ。我が増えたからな」

「それだけじゃないけどね」


 貯金はある。

 正確には母の遺産? 保険金が貯金に入っている。

 それに、一応は父親から家賃と生活費が送られてきている。


 だけどできれば使いたくないし、それらに頼るのは自立とは言えないと思う。

 いまは仕送りに頼っている状況だけれど、一刻も早くそれを突っ返せるようになることが目標だ。

 やっぱりバイトを増やすべきかな。


「ふむ、そういうことか」


 近所の食料品店に向かいながら説明した。


「任せておけ、その内、寝て暮らせるようにしてやる」

「ははは、楽しみだ」

「むう、信じておらんな」

「そんなことはないけど?」

「いや、信じておらん」


 そういうときょろきょろと辺りを見回し、そして「あった」と呟いた。


「どうしたの?」

「ちょっと待っておれ」

「え? じゃあ、あそこで買い物してるからね」

「うむ」


 食料品店を目の前にしてそんなことを言うと、アリスはふわっと消えてしまった。

 信じていないなんてことはない。

 本当に信じている。

 ただ、きっと驚くようなことをするのだろうなっていう信じ方だけどね。


 とりあえず、今晩のメニューだ。

 すでに切ってある野菜の袋詰めを手に取り、安そうなお肉を探す。牛筋が安そう。牛が安いならカレーかビーフシチューかな。今日はシチューの気分だそうしよう。ああ、じゃあタマネギが入ってないな。どうしようかな、なしでもいいかな。

 お米はあるけどビーフシチューならパンかなぁ? 明日の朝パンも見とこうと思いながら移動していると、急に持っているかごが重くなった。


「アリス?」

「ご褒美だ」


 振り返ると、チョコ菓子をどっさりとかごに放り込んだアリスがいる。


「ご褒美?」

「そう。これだ」


 と言って反対の手で持っているバッグを示す。

 怪しさ満点のボストンバッグ。合成皮革かな? あちこちの表面が剥がれている。


「……どうしたの? それ?」

「拾ったのだ」

「拾った?」

「うむ、ほれ」


 と、中を開いて見せようとする。

 周りを気にしつつ、それを覗いて僕は吹き出した。


「きっ!」


 咄嗟に言葉を呑み込む。

 金塊?


「……どうしたのこれ?」

「だから拾った」

「どこで?」

「地名を知るわけなかろう。だが、人気のない山の中であることは確かだ」

「そう」

「どうだ? こちらの世界でも金は貴重品だろう? これだけあればしばらくは遊んで暮らせると思うが?」

「そうだね」


 ちゃんとそれが僕たちの物になればね。

 とりあえず、拾得物の扱いについて教えねばと思いつつ、僕はお菓子を戻すためにお菓子売り場に戻った。

 ぶうぶう言うアリスにお金になったら買ってあげると約束し、今日の所は一つだけ選ばせた。


 買い物帰りに交番によって落とし物ですと届ける。

 もちろん騒ぎになった。

 警察官の人は顔を青くして慌てふためくし、本署からの応援がやってくるし、アリスはせっかく拾ったものをと機嫌が悪いし、事情聴取みたいなことをされるし、拾った場所なんてわからないので植え込みに埋もれてたということにしておく。

 最終的にはアリスがなにかの魔法を使って静かにさせて、僕はアリスが拾ってきたのだから権利の放棄はせずに帰って来た。


「これで三か月後には僕たちの物になる。落とし主が現れなかったらね」

「納得いかぬ」


 ぷりぷりするアリスに宥めながら、僕は晩御飯を作り始めた。





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