13 一色の二色02


 灰と黒の斑な大きな人型のナニカ。

 ゾンビみたいなそれが墓石を蹴散らしながら僕に迫って来る。


 これは、死ぬなぁ。

 隣で気を失っているアリスを慌てて抱えようとしている僕は、どこか冷静な部分でそんなことを考えていた。

 アリスを抱えて逃げる?


 むりむり。

 間に合うわけがない。


 でも、だからってアリスを見てて逃げるという選択肢もない。


 僕を恨んでいるんだから、僕だけで済まないかなと考えている。

 アリスは巻き込まれただけだし、僕が死んだら用なしってことで元の場所に戻して欲しい。

 僕がいなくなったらまた力が使えなくなって苦労するかもしれないけど、しばらくは僕の部屋を使えるだろう。

 その間に、また、封印を解いてくれることを探してくれれば……。


「…………」


 思考が止まってアリスをぎゅっと抱きしめる。

 ナニカが近づく音はもうすぐ近くまで来ていた。


 だけどその前に、ナニカが蹴散らした墓石が僕の方に飛んで来た。


 ああ、いけない。

 アリスを離さないと諸共だ。

 そう考えているのだけど、不思議と腕の力が緩まない。

 緊張しているからなのか、思考に体が付いて来てくれないからなのか。


 ガンッ!


 目の前に迫っていた墓石が僕たちに当たる前になにかに当たって他の場所に飛んでいった。


「え?」

「くふふふ……」

「アリス?」


 そうか。アリスが助けてくれたのか。


「我を手放したらどうしようかと思ったが、さすがは我の夫だ」

「置いて逃げたりなんてしないよ。でも、僕じゃ、君を守れないけど」


 だって、アリスは魔王。

 僕はただの一般人。

 守るなんてとてもとても。


 いまもすぐそばまで来たナニカを透明な壁で受け止めている。

 これが噂の結界というものだろうか?


「そんなことはない。カナタは我を守ってくれている」

「え?」

「いまもこうして、ぎゅっとしてくれているではないか」

「そんなの……」

「大事なことだぞ。これがなければ、我はあんな怖いモノ、見るのだってできやしない」

「……本当に怖がりなんだね」


 もしもアリスをお化け屋敷に連れて行ったらどうなるんだろう?

 ちょっと、連れて行ってみたくなった。

 呑気だね、こんな時に。


「ああ、怖いとも。だが、カナタがこうしてくれていれば、我は無敵だ」


 すっと、ナニカに向けて手を伸ばす。


「消えよ」


 その瞬間、僕の目が疼いた。

 おそらく、アリスがくれた魔眼がなければ見れない光景だったんだと思う。


 ナニカを中心に紫色の光が激しい渦を巻いた。

 その渦の前にはナニカは逆らうこともできずに回転に呑み込まれ、ズタズタに引き裂かれた。

 本当ならスプラッターな光景なんだろうけれど、それは内臓物を撒き散らすということはなく、水をばら撒くかのように分解し、そして蒸発するように消えていったから怖くはなかった。

 ただ、唖然とした。


「まったく。この世界の魔力のありようは不可思議だな」


 そんなことを呟くアリスが僕の腕から離れて墓場へと向かおうとする。

 でも、僕の手は握ったままなので、自然と引っ張られて隣を歩くことになる。


 俯いたままの一色がそこにいる。


「あれはなんだ?」

「私じゃない私じゃない私じゃない……」


 アリスの問いに答えず、一色は同じことをずっと呟いている。


「ふうむ」


 一色を見下ろしたままのアリスが唸る。


「カナタ」

「なに?」

「お前がなんとかしろ」

「え?」

「どうも、この空間はこの娘が暴走的に起こしているようだ」

「そうなの?」

「うむ。だから、カナタが娘を説得するしかない」

「ええ」


 それが一番怖い気がするんだけど。


「ほら、がんばれ」


 アリスが背中に回り僕を押してくる。


「ええと、一色?」


 しゃがみ込んで声をかける。


「私じゃない……」


 まだ繰り返してる。


「……怒ってないっていうと嘘だけどね。うん、怒ってるね」


 なにかいい言葉を探そうとしたけど無理だったので、まずは素直な気持ちを言ってみることにした。


「でも、まだすごく怒ってるってわけでもないね」


 大元の原因を作った義妹やたぶん裏で糸を引いているだろう義母。そして僕をまったく信じない父には怒ってる。

 間違いなく怒ってる。

 連中が……そんなことをするとはとても思えないけど、和解をしようなんて言って来ようものなら、僕はとんでもなく取り乱し、そしてとんでもなく怒ることだろう。

 特に父には。


 でも、一色に関しては決定的じゃない。


「いまなら、ごめんなさいで済ませられるけど、どうする?」

「…………」


 一色の呟きが止まった。

 俯いていた顔を上げる。

 目を見開いているのに焦点の合ってない目が僕を見ている。

 ちょっと……いや、けっこう怖い。

 仲良かった知り合いがこんな顔をしているなんてのは非現実感が半端ない。


 ここ最近は熱い掌返しをそこら中で食らっていたけどね!


「……許して、くれるの?」

「うん、まぁ……元通りになるかどうかは一色次第だと思うけどね」

「なにをすれば?」

「とりあえず、自分がやったことの責任は取って。言った人たちに、あれは間違いだったってちゃんと言って欲しい」


 一度広がった噂を止めるのは簡単なことじゃないと思う。

 だけど、広めてしまったのは一色だ。

 だから少なくとも、それに立ち向かって欲しい。


「……わかった」


 答えるのに少し時間がかかった。

 その間になにを考えていたのかわからないけど、目の焦点が少しだけ戻ってきているように見える。


「帰ろう」


 僕は手を伸ばす。


「……うん」


 その手をじっと見て、それから一色は大粒の涙をぽろぽろ零しながら自分の手をそこに重ねた。

 ちょっとだけ昔に戻ったような気がした。



 それからしばらくして、一色の努力の成果もあってか、僕の噂は消えた。

 人の噂も七十五日とかいうしね。

 発生源が謝っている姿を見れば、そういうことにもなるのかもしれない。


 それ以外のひどい噂も流れたりするけど……それはまた別の話。




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