12 一色の二色01
「お泊り会だ」
幼稚園の年長クラスで夏にあったイベントだ。
子供たちの姿は見えないけど、あの幼稚園の布団には覚えがある。
「でも、どうしてお泊り会?」
「なるほどな」
「アリス?」
「ここは何者かの記憶を再現した空間なのかもしれないな」
「記憶の再現。一色の?」
「それはわからんよ。だが……」
「だが?」
「これだけ精巧に作られているということはそれだけ記憶の持ち主の思い入れが強いということだろう。しかしそもそもこの世界の魔力の浸透率はそれほどよくはないのにどうしてこれだけのことができるのか? 魔力以外の要素が存在するのか? しかし魔力はあらゆる世界の根源物質であるはずだ。それはこの世界に突き抜けてくるときに感じたので確かだ」
「あの……アリス?」
「我が生きて活動できているということが世界間で同じ法則が適用されている証拠でもある。だが待てそういうことは……」
アリスの独り言? 考え事? が止まらない。
これはもしかして……怖すぎて現実逃避しているということだろうか?
暗い峠道を歩いていても動じていなかったのに。
思わぬ弱点を見つけてしまったかも?
ほっこりとアリスを見下ろしていると、無人の教室から新しい音がした。
引き戸の開く音。無数の子供の高い声。バタバタとした足音が向かっていく先は……?
「あ、そうか」
お泊り会なのだとしたら、もしかして……。
「お風呂だ」
この幼稚園を運営しているのが隣にあるお寺の人で、お泊り会の時はそちらでお風呂を使わせてもらうのだ。
「懐かしい」
お寺に行く途中に墓場があり、そこを抜けていくのが怖かった記憶がある。ちょっとした肝試しだ。
記憶と子供たちの声に従って、僕もそちらに行く。
あの時は誰と一緒に行ったのだったか?
「私とだよ」
「!」
いきなりの声に驚いてそちらを見る。
「ううっ!」
墓場にある墓の一つ、そこを足場にして一色がいた。
だけど、一色に驚いたんじゃない。
彼女の後ろに誰かがいる。
いや、なにかか?
暗闇に潜んでいてよくわからない。
「怖がる私と手を引いて、一緒に行ってくれたんだよ」
「一色?」
暗い中、一色は奇妙な姿勢で墓場の上に立っている。
「暗くて、怖くて、なにかがいて……そんな中を連れて歩いてくれる彼方はほんとの頼もしくて、それはこれからもずっとそうで……私は彼方が好きになった」
奇妙な姿勢のまま、うつむいたまま、一色が話し続ける。
「彼方がいてくれると私は強くなれる。彼方がいてくれると私は前に進める。彼方がいてくれると私はまともでいられる。彼方がいてくれるから……」
ぶつぶつと、そんなことを呟く一色に僕はゾッとした。
「アリス、これって……」
「…………」
「アリス?」
「…………」
妙に静かな隣を見てみると、アリスは立ったまま気絶をしていた。
「なんで⁉」
いや、怖いって言ってたけど気絶するレベル⁉
魔王?
魔王ナンデ⁉
「彼方は私と結ばれる。彼方は私と結ばれる。彼方はワタシと結ばれる。カナタは私とムスバレル……」
一色のぶつぶつ呟きは止まらない。
もう、幼稚園の時の思い出を再生していたような音は聞こえない。
ただ、一色の地面を撫でるような呟きがずっと続く。
俯いたまま。
後ろの影が闇の中で濃くなっていくような気がする。
いや、気のせいじゃない。
夜と一度同化し、そして夜よりも濃くなり、ある瞬間で、それが夜に潜むなにかの姿になった。
「うっ……」
それは黒と灰色の斑な皮膚をした人だった。
だけど、普通の人より二倍は大きい。
墓場はその人影よりも広いのに、一色の後ろにいるそれはひどく窮屈そうにしている。まるで狭い箱に無理矢理入っているような姿勢をしている。
一色の後頭部に口づけをしそうなほどに近づいた顔が瞼のない目で僕を見ている。
「彼方はワタシの物なの」
そう言ったのだ。
さっきから呟いていたのは、一色ではない。
彼女の後ろにいたそのナニカだったのだ。
「なんだ……お前は?」
「それなのに。それなのにソレナノニそれなのに!」
僕の質問は叫びによって跳ね返された。
「ソレナノニ、お前はワタシの想いをあんな女でぶち壊した!」
あんな女?
「あんな女! ぽっと出のガキに誑かされて! 欲情して!」
もしかして義妹のことだろうか?
「したかったら私にすればよかったのに! ワタシならいつでもよかったのに! いつだってワタシは彼方を待っていたのに! お前はわタシを裏切った!」
理解した。
納得というか共感というかはできたとは言えないけど、一色がどうして言いふらして僕を追い詰めるような真似をしたのかは理解できた。
「オマエは壊れた! お前はカナタじゃない! 私のモノじゃない彼方なんて……いなくなれ!」
だから僕を消したくて、あんなことをしていたのか。
後ろのナニカが窮屈な姿勢を止めて、立ち上がる。
全身がやっぱり黒と灰色の皮膚で、それは腐りかけているのか、あちこちに穴が空いて骨が見えた。
瞼もなく、頭髪もない。
黒く淀んだその顔が一色に見えてしまう。
「ちがう」
か細く、そういう声が聞こえた。
「ちがうちがうちがう。こんなの私じゃない。こんなの私じゃない」
一色だ。
ナニカが立ち上がると同時にその場に倒れた一色が呟いている。
「私はワタシ。ワタシは私」
そう言ってなにかは笑う。
否定する一色を嘲笑うかのように。
そんなことは無駄だと言わんばかりに。
「ワタシの物じゃない彼方は、消えていなくなれ!」
なにかが僕に向かって来る。
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