11 魔眼が疼く的な


 悲鳴の発生源は進行方向にあったので、自然とそこに辿り着く。

 授業終わりの渋滞中の階段で、そこだけ空白地帯ができていた。

 その中心にいたのは一色の友達二人。

 一色を追いかけていたはずの二人がどうして踊り場で震えているのだろう?


 そう考えたとき、目が痛くなった。


「うっ」


 羽虫でも飛び込まれたかのような痛みに顔を押さえて、それから恐々と目を開けると、それが見えた。


「なに、あれ?」


 踊り場の壁に黒い穴が空いている。


「見えているか? カナタ」

「あの、穴?」

「うむ」

「……見えてる」


 ただの気のせいにしたかったけど、アリスにそう言われたら肯定せざるを得ない。


「一色が壁に食べられたの!」


 いまだ震えている女子二人がそう叫んだ。


「一色が?」


 僕は思わず口に出て前に行こうとしたけれど、野次馬が多くて無理だった。


「行きたいか?」


 アリスが言った。


「あの娘を助けたいか?」

「それは……」

「あれはお前を追い詰めようとしていた女だぞ? それなのに、助けたいのか?」

「うん」


 僕は頷いた。

 一色がいきなりあんな行動に出たのは驚きだけれど、でも……。


「一色は、幼馴染なんだ。なんであんなことをしたのか、理由が知りたい」

「……お前は勇者の素質があるな」

「え?」

「なんでもない。なら、行くか!」


 そう言うとアリスが僕の手を掴み、そして跳んだ。

 階段の上から、下の踊り場に向かって。

 アリスが跳んだのに、なんで僕まで跳んでいるのか?

 そして……。


「わっ、これっ! ちょっと!」


 壁に……いや、穴にぶつかる軌道⁉


 そう思った瞬間、僕は目をつぶってしまった。


「あれ……?」


 来たるべき衝撃に身構えていたのだけど、なにもない。

 ていうか、足が地に着いてる?


「え?」


 目を開けた。

 なぜかここは、夜だった。


「うわぁ、星がきれいだ」


 やや現実逃避気味に空を見上げて呟く。

 どうして学校にいたのに、夜空を見上げることができるんだい?


「いや、どうなってるの?」

「ほう、不思議だな」


 隣のアリスがそんなことを言っている。


「え? なにか目途が付いてたんじゃないの?」

「……」


 呆れた目で見られた。


「だから、我にこの世界のことがわかるわけがなかろう」

「おおう……」

「とはいえ、ここは現実の世界というわけではなかろうな」

「あ、そうなの?」

「魔法で作った疑似空間に似た雰囲気があるな」


 疑似空間。

 そんなものがどうしてあんな場所に?

 そしてどうして一色を?


「それにしても、この場所って……」


 狭くて曲がりくねった坂道。

 密集した古い住宅。


「なんだか覚えがあるような?」


 アリスと一緒に坂道を登っていく。


「あっ」


 思い出した。


「ここ、幼稚園だ」


 この坂道を上がると、僕が通っていた幼稚園がある。

 一色も通っていた。


「でも、どうしてこんなところに?」


 タタタ……。


「え?」


 いま、たくさんの足音が僕の周りを過ぎていった。

 でも、姿はない。


 アハハハ……。


 笑い声も聞こえた。


「え? 怖いんですけど」

「ふむ」

「アリス、なにかわかる?」

「そうだな。……怖いぞ」

「ええ!」


 冗談かと思ったら本当にアリスの顔色が悪い。

 え? ちょっと! 震えてない⁉


「ファンタジー世界ならアンデットが当たり前にいてこういうのは大丈夫! とかが定番じゃないの⁉」

「そんな定番は知らん! 怖いものは怖いぞ!」

「嘘ぅ!」

「いや、本気だからな。カナタ、手を離すなよ。絶対だぞ」

「なんだよもう」


 アリスに呆れながら、手を繋いで幼稚園に向かっていく。

 夜なんだから真っ暗で無人……と思っていたのだけど、よく見たら教室に明かりが点いている。


「なんでだろ?」


 笑い声はいまも聞こえている。

 疑問に思いながらさらに近づく。


「あっ!」


 そうっと中を覗いて、そこに並ぶ布団を見て、僕はあることを思い出した。




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