08 お嫁さんは待たない
ああ、びっくりした。
起きたらいつの間にかベッドで寝ていて、そして隣で寝ていたアリスが裸だった。
なにかやらかしたのかと思ったが、そうではなかった。
ほっとしたりテンぱったりしつつ、朝ご飯にレトルトスープを用意した。
それから時間潰し用にスウィッチを渡して使い方を教えて学校に行った。
アパートを出て歩いて三分で高校に到着する。
急ぎで探さないといけなかったのだけど、こんな近くが見つかったのは幸運だ。
「あっ、やば」
学校に着いてからしまったと思った。
「どした?」
「いや、ちょっと忘れ物」
「宿題?」
「いや、そっちは大丈夫だけど」
「え? じゃあ見せて」
「マジか」
「マジ」
前の席の掛井くんに宿題を渡しつつ、「さて、どうしたものか」と考える。
アリスの昼ごはんのことをすっかり忘れていた。
部屋は近いが、学校の近くに店がない。一番近いコンビニでも歩いて五分。しかもアパートとは反対方向。
学校の購買でパンを買って持って行くのが現実的だけど、下校時間以外で勝手に校外に出るのは禁止されているので、そこをどうするべきか。
家電もないしなぁ。
考え事をしていると隣の席に座っている女子と目が合った。
そのまま無言でついと反らされる。
寸前、すごく嫌な顔をされたのを見逃さない。
彼女とは同じ中学ではなかったはず。
……噂が広まってるなぁ。はぁ。
僕にはいま、悪い噂が付いて回っている。
義理の妹を襲ったとかいう噂だ。
もちろん、事実無根だ。
事実無根なんだけど、その噂の発端が義理の妹当人なのでどうしようもない。「本人から聞いた」と言われたら、どんな反論も無意味だ。
実際、してやられたとしか言いようがない。
うちの父親と彼女の母親で再婚し、同じ家に住むようになってわりとすぐ。いまの高校への進学が決まっていた時期。
両親がいないタイミング。
もうすぐ帰ってくるというタイミング。
その機会を狙って義理の妹は僕の部屋に入って来て、いきなり服を脱いで迫って来た。
ただただ困惑する僕を前に、彼女は笑い、そして玄関が開く音が聞こえて来たと同時に笑い声は悲鳴に代わった。
完全に狙っていた。
一歳下にハニトラをかけられたのだ、末恐ろしくて人間不信になりそう。
そんなことが起きて、元々悪かった父との関係が最悪に至って、家を追い出されることになった。
さらに、以前から仕事場の近くに引っ越したかったという話をいきなり持ち出して来て、彼らは揃って別の街へと引っ越していった。
義妹の反応を見るに、たぶんだけど義母も絡んでいるっぽい。
僕を追い出して他人に遠慮することのない家庭を作りたかったのだろう。
家庭を縄張りと言い換えると、ひどく動物的に聞こえて来るね。
子殺しをするライオンか、他人の巣に卵を産み付けるカッコウか。
なんだかそんな動物世界の弱肉強食を味わったって感じか。
ははは……はぁ~あ。
最悪の高校デビューだ。
目の前の掛井君にはまだこの話は届いていないが、いずれは届くのだろう。
変なイジメとかが始まらないことを祈るばかりだ。
無視ぐらいでとどまればいいな。
でもそんなことよりいまはアリスの件だ。
怒られるのを覚悟で持って行くべきだろうね。
うん、お嫁さんだしね。
そんなことを考えていたら担任がやってきた。うちの学校は廊下側の壁の上半分が窓になっているので歩いてくるのが見える。
その後ろに付いて来ている姿もすぐにわかる。
教室がざわっとした。
僕も驚いていた。
「ええ……朝のHRを始める前に転校生を紹介する。君」
「うむ」
担任の隣に立つ彼女にみんなの視線が集まる。
金髪碧眼の転校生。
いや、その制服はどうやって手に入れたのかと。
いやいや、それ以前に転校生って。
「アリステラだ。よろしく頼む」
「はい。転校生って言ったけど、家庭の事情で入学が遅れただけみたいなものだね。みんな仲良くするように。では、君の席は……」
「我の席は決まっておるぞ」
担任たちと一緒に来ていた事務の人が教室の後ろに新しい席を置いていたのだけど、アリスはそれを指さされる前に自分で動き、僕の隣の席……さっき、僕と目を反らした彼女の前に移動した」
「そこ、変わっておくれ」
「……はい」
彼女は反論もなくアリスに従い、ささっと荷物を整理すると新しい席へと移動してしまった。
そしてアリスは、嬉しそうにそこに座る。
そのまま担任が簡単に出席確認や連絡事項を伝えるとホームルームは終了した。
次の授業までの短い休憩時間。
転校生と来ればの怒涛の質問攻めが始まるのかと思ったら、そんなことは起きなかった。
その代わり、教室に妙な緊張感が走っている。
なんだ?
と思っているとアリスが動いた。
立ち上がると、僕の席に手を置く。
「びっくりしたろう?」
「いや、そりゃ、するでしょう?」
いつの間にこんなことになったのか。
ドヤっている気のするアリスを見上げる。
いや、見上げるほどでもないな。アリスってちっちゃいから。
「あのまま待っていても暇だからな。それならカナタの側にいる方がいいだろうと思ってな」
「ああ、そなんだ」
ぐわっと前の席の掛井君が振り返って僕を見た。
すごく驚いた顔をしている。
「ええと、宿題、写し終わった?」
「あ、ちょ、ちょっと待ってな」
僕が聞くと、掛井君は慌てて前に向き直る。
だけど、視線は他からも感じられた。
「え? ちょ?」
「なに? どういうこと?」
「え?」
みたいな動揺の声が聞こえて来る。
むしろこっちがびっくりする。
何事だ?
「あの、アリステラさん」
クラスの女子が三人ほどでつるんでアリスの所にやって来た。
「琴夜君と知り合いなの?」
「うむ、そうじゃが」
「へぇ……」
「それだけじゃないぞ。あらかじめ言っておくが、我とカナタは夫婦だからな」
その瞬間、教室が驚きで凍り付き、そしてすぐに爆発した。
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