07 お嫁さんがうちに来た
アリステラ……アリスは異世界から来た。
追放だという。
彼女がなにをして元の世界から追い出されることになったのかはわからないけれど、魔王なんて名乗っているのだからそういうことなのだろうと思っておくしかない。
真実はわからない。
いつか教えてくれるかもしれない。
しかしそんなことより……。
いま問題とするべきなのは、だから彼女は僕の部屋に連れて行くしかないということだ。
「ほう、これがカナタの家か?」
「家というか部屋だね」
「部屋?」
「うん、この部屋だけ」
「なるほど、集合住宅というものか」
「あ、そういうのは向こうにもあるんだね」
「まぁな。我は使ったことはないが」
アリスが玄関に入り、その場できょろきょろと辺りを見回す。
「あっ、靴はここで脱いでね」
「靴? ほう、そういう文化か」
「そうそう」
僕が靴を脱いでみせると、彼女もそれに倣う。
だがそれは靴を脱ぐという行為ではなく、靴が解けて消えるというものだった。
え? という顔をしていると説明してくれた。
「この服は全て我の魔力で出来ている。消すも出すも自由だ」
「便利だね」
洗濯いらずだ。
「だろう」
得意げに淡く笑う彼女の前に立ち、僕はキッチンを兼ねた短い廊下を抜け、その先のワンルームに案内した。
長方形のフローリングの六畳間。ベッドと小さな座卓があるだけの空間。収納は二か所あり、そこそこ広い。
キッチンの反対側にユニットバスがある。洗濯機はベランダ。
「なにもないのう」
「引っ越してそんなに経ってないしね」
この部屋に来たのは高校生になってからだ。
まだGWも迎えていないのだから新品感が残っている。
「そういえば、カナタはどういう人間なのだ?」
「どういうって?」
「なにをしておる?」
「ああ、高校生だよ」
「コウコウセイ?」
「学生」
「ガクセイ? ああ、学校に通っているのか」
「そうそう」
女の子が自分の部屋に来たという事実に緊張していたが、バイト明けに長距離ウォーキングを強要されたことが響いたのか、眠気が来た。
疲労抜きの魔法をかけてもらったのではなかったか? と思ったけど、なにより精神的に疲れてしまっているのかもしれない。
イベントとしてはそれにアリスとの出会いにおっさん福助の件もある。
色々あり過ぎた。
「ああ……もう眠いから体を洗って寝たいんだけど……」
「ふむ。そうするがいいだろう」
「アリスにお風呂の使い方を教えないといけないんだけど……」
「それはまた明日でもいい」
「でも」
「洗浄の魔法もある。風呂なぞ入らなくとも、我はピカピカだぞ」
「そっか、じゃあお先に」
そう言って替えの下着とかを持ってユニットバスに入った。
お風呂の向こうに異性がいることに緊張しながら体を洗う。
だけど眠くもある。
余計なことは考えずに寝よう。
いろいろと考えたり受け入れたりするのは明日からでもいいはずだ。
ああ、でも……明日からはまた学校が。
用意するものがあるなら、土日まで我慢してもらわないとかな。
まとまらない思考を眠気の中でいじくりながらシャワーで頭と体を洗い、ついでに歯も磨いてユニットバスを出る。
「お待たせ」
そう言いながら戻ると、アリスはベッドに転がって眠っていた。
「おおう」
ベッドの中央で眠るアリスを見て、僕は数秒ほど硬直し、それからため息を吐くと彼女に掛け布団をかけ、座卓に座る時用のクッションを枕にして床で寝た。
床は硬いけど、やっぱり疲れていたからかすぐに寝られた。
††アリステラ††
ぱちりと目を覚ます。
「ふむ」
カーテンの隙間から見える外はまだ暗い。
部屋を照らしていた白い光はなぜか暗いオレンジ色になっていた。
どういう変化なのか?
魔法がないこの世界はそれはそれで面白い。
「カナタは?」
寝ぼけた思考で辺りを見回す。
彼方が風呂から出てくるのを待ってベッドに腰をかけている内に眠ってしまったのはわかる。
だが、部屋の主の彼方がベッドにいないのはどういうことか?
「む?」
彼方の姿はすぐに見つけることができた。
足下になにかが丸まっている。
見れば床で彼が丸くなって眠っていた。
「仕方のない婿殿だ」
彼方に止められた呼び方をして淡く笑う。
「今夜は初夜というのではないのか?」
そう言いつつ、見えない手の魔法で彼方の体を浮かせ、自分の隣に置いた。
そのまま纏っていたエプロンドレスを解いて裸身を晒すと彼方の隣に転がった。
「そなたはなんなのだろうな?」
かすかな寝息を零す彼方に顔を近づけ、彼に魔眼を授けた時のように額を合わせた。
すっと、意識を彼のそれに潜り込ませる。
彼の記憶を盗み見る。
それは卑怯なことのようにも感じたが、そうしなければ他人を信じられないアリス自身の歴史がそうさせた。
「……なるほど」
読み終わって、アリスは彼方の寝顔を見つめた。
母の死、それから始まる父との不和。
新しい家族との衝突。謀り。
「そうか。カナタも信じてもらえなかったのだな」
それなのに、アリスのことを信じた。
自分が信じられなかったことで辛い目に遭ったから、自分は他人をそんな目に遭わせないようにと、アリスを信じたのだ。
「我とは大違いだ。偉いな、カナタ」
アリスは彼方の腕の中に潜り込むように体を丸めた。
「我の婿殿に相応しい。……できれば、これからもずっとそうで」
アリスの願いは最後まで呟かれることなく、再び眠りの中に落ちた。
次に目覚めたのは、彼方のあげた悲鳴でだった。
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