06 ファミレス奇譚02


 アリスは可愛い。

 それはそれでいいのだけど、問題は隣のおっさん福助だ。

 いまもずっと僕の側に立っている。


 困った。

 暴力的な危ない人達に目を付けられたときのような危機感はないのだけど、どうすればいいのかわからない不安感は溜まり続ける。


 逃げたい。

 だけど、アリスのパフェはいまだ半分以上残っている。

 食べるのが遅すぎる。


「言いたいことがあるのなら言え。鬱陶しいぞ」


 いきなり、アリスがじろりとおっさん福助を睨みつけてそう言った。

 そうすると不思議と迫力があって、僕は息を呑んで彼女を見た。


「######」


 おっさん福助もアリスの迫力にやられてかすかに体を震わせると、なにかを言った。

 だけど、何を言っているのかわからない。

 わからないのだけど、さらに僕に向いていた体をぐるりと動かした。


 向けた方向は店、ホールの中央部分。

 そこにもテーブルがあるのだけど、その上に黒い煙があった。

 火事かと思った。

 だけど、煙特有の臭いはない。

 そもそもあんな煙が上がっていたら火災報知器が鳴ったり、消火装置が作動したりしていそうだけど、そんなことはない。

 そして、それは次々とわいているのではなくて、そこにとどまっているみたいだ。

 ちらりと厨房の方を見ても、店員が飛び出してくる様子もない。


 じっと見ていると胃袋をぎゅっと握りしめられたような違和感がして、目を反らした。

 なんか、薄気味悪い。

 さっき食べたものが出てきそうだ。


「なにあれ?」

「だから、我にわかるわけがなかろう」

「でも……」

「そやつはあれをどうにかして欲しいようだな」

「######」


 アリスの言葉におっさん福助がなにかを言いながら頷く。


「ふむ……わからん。とはいえ、いまの我はまだ調律がうまくいっておらんから、あまり大きなことをするべきではないのだが」


 と、アリスが僕を見る。


「カナタは、あれを何だと思う?」

「え?」


 僕にだってわかるはずがない。


「だが、カナタはこの世界の住人だ。初めて見るものでも、なんとなく『これはこういうものかもしれない』みたいな予測はあるのではないか?」

「ん。んん……まぁ」


 テキトーでもいいなら、当てはめる言葉はあったりする。

 遥さんたちの肝試しであんなことを言ったのでもわかる通り、僕だって多少はオカルトに興味があったりするのだ。


「はっきりとはわからないけど……」


 例えばの話だけど、このおっさん福助は不気味だけど悪い感じがしないから、店か土地の守護霊とか、それこそ福の神とかそんなもの。

 だとすると、あそこにあるのはここにとって悪いモノ。

 悪霊とか、呪いとか、恨みの念とか……。

 おっさん福助はあの悪いモノを消して欲しい?


「そういう感じ?」

「ふむ」

「あっ、いや……でも、こんなのはそれこそオカルト漫画の影響というかなんというか」

「それでよかろう」

「え?」

「ほとんどの者に見えない存在のくせにちゃんと理解しろというのが、どだい我が儘というものだ。それでいて助けを求めるのであれば、多少は勘違いも覚悟せねばな」

「うーん」

「満点の理解など、得られるはずもない」

「……そうだね」


 ふわっと出てきたアリスの闇部分に共感を覚えつつも、僕はおっさん福助を見てしまう。


(それでいいんですか?)

(ええよ)


 なんとなくだけど、いま、わかり合えた気がした。

 気のせいかもしれないけど。

 それでいいんだ。


「ええと、じゃあ、それでお願いします?」

「わかった。消そう」


 アリスはなんともないように言う。

 パフェを食べ続けたまま。


 パーーーーーーーーン!


「うわっ!」


 いきなりの音に僕はびっくりした。

 音は背後から。

 たぶんだけど、さっきのホールの中央から。

 見ると、あの黒い煙がなくなっていた。


 慌てた様子で厨房から店員さんが出て来る。

 そして不審げに僕たちを見た。


 だけど、僕がびっくりした顔で振り返っているのを見て、一応は疑いを下げてくれたみたいだ。

 そのままホールを一周して見回り、首を傾げながら厨房に戻っていった。


「これでよいのか?」

「#り##う」


 おっさん福助がまた何か言った。それは不思議と何を言っているのかわかったような気がした。

 やっぱり気のせいかもしれないけど。

 でも、おっさん福助を見てみると、さっきと印象が変わっている気がする。

 なにを考えているかわからない不気味さは相変わらずだけど、ほんのりと暖かい光を纏ったような気がする。


 ほんとに気のせいかもしれないけど。


「え?」

「##ぞ」


 いきなりおっさん福助が僕の前に手を出してきた。

 掌を上に向けて、そこに乗せたなにかを渡そうとしているみたいな動作。

 だけどそこにはなにも乗っていない。

 いや、なにか、乗ってるかも?

 わからない。

 わからないけど、なにかがあるような気がする。


「あ##」


 僕が困っているとおっさん福助はさらに何かを言い。差し出した手をわずかに上に振った。手に乗ったなにかをポンと放るような動作だ。

 見えないなにかがわずかに宙に浮いて、それは僕の中に入った?

 え? 入った?

 ほんとに?


「え? あの?」

「#れ#」


 そう言うとおっさん福助は僕たちの前を去り、さっきまで黒煙があったテーブルに移動すると、そこに腰を落ち着けた。


「えっと……なんだったの?」

「だから、我にわかるわけがない」


 素知らぬ顔のままアリスはパフェを食べ続けた。


 ようやく食べ終わってから会計をした時に気付いた。

 レジをした店員さん、店長さんかもしれないけど、その人のズボンの所からわずかに見えたそれ。

 キーホルダーっぽいそれは福助だった。

 普通に、みんながよく知る福助だった。


 あのおっさん福助との関係は……よくわからない。




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