05 ファミレス奇譚01


 アリステラが魔王であることは信じた。

 魔法が使えたからね。


「しかしよくすぐに信じたな」


 アリステラは季節のフルーツパフェの甘さに震えながら、そんなことを言う。

 器用だ。


「まぁ、実際に体験したわけだし」


 僕はハンバーグのセットをもぐもぐしながら答える。


「ほう。思考が柔軟だな」

「まぁね。……必要以上に否定してると、大事な物を見落とすからね」

「そうか」

「そうだよ」


 それからしばらく、僕たちは食べることに集中した。


「それにしても……」


 と、アリステラが話し出したのは僕が食べ終わり、彼女がパフェの三分の一ほど攻略が終わった頃だった。


「この店には客がおらんが、大丈夫なのか?」

「んーどうなんだろうね」


 このファミレスはほとんど利用したことがないのでなんとも言えない。

 駐車場は不人気だということは知っているけれど。

 日中は意外に客がいるのかもしれない。


「いまは深夜だし、こんなものなんじゃないかな」

「そうか。では……あれも普通なのか?」


 と、アリステラがついと顎で隣のテーブルを示す。


 もちろん、隣には誰もいない。


「誰もいないけど?」

「見えんのか?」

「え?」


 と、今度はアリステラが僕の隣にやって来た。


「え? え?」


 ぐいと顔を近づける。

 額がこつんと当たった。


「婿殿、我の目を見よ」

「…………」


 間近で見る青い瞳はやっぱりきれいで、鼻孔をバニラの香りがくすぐった。


「複製・譲渡・魔眼」


 底の深い青の瞳に吸い込まれそうになっていると、不意に自分の目がなにかが飛び込んできたような痛みに襲われた。


「っ! な、なに?」


 思わず額を離す。涙で滲む視界で彼女を探すと、変わらずじっと僕を見ている。その透明さにどきりとしてしまう。


「痛みが引いたら、また見てみるがいい」


 そう言うと自分の席に戻ってパフェを食べ始める。


「なんなんだよ」


 目になにかが入ったような染みる痛みにしばらく呻く。


「ああ、なんとかマシになって来た」

「ほう。もうか。婿殿は意外に魔力に馴染む体なのかもしれないな」

「どういうこと?」

「婿殿は特別ってことじゃ」

「……ありがとう。っていうか、そういえば……その婿殿ってどうにかならない?」

「嫌か?」

「嫌というかなんというか、 時代劇感がすご……」


 言っている途中で、滲んでいた視界が直って隣のテーブルが見えた。


「そうか? ではカナタで良いか?」

「うん」

「では、そなたも我を……そうじゃな。気安くアリスと呼ぶことを許そう」

「あ、ありがとう。それともう一つ」

「なんじゃ」

「あちらの方はどなた?」


 僕はアリステラ……いや、アリスを見ながらそう言った。


「だから、我が聞いたであろう?」

「いや、僕が知るはずないじゃん」


 さっきまで見えていなかったんだから。

 そう。アリスに言われた時には、隣のテーブルには誰もいなかった。

 だけどいま、そこにはおっさんがいる。

 ハリウッド俳優張りに白くて並びの良い歯を剥き出しにした頭髪のないおじさん。体は青色のジャージ。

 何よりの違和感は、その頭がデカいこと。

 ちょっと頭の大きな人レベルじゃない。

 某ケーキ屋のマスコットとか、店先に並んでいる福助とか……。そういうデフォルトされた人形的な頭の大きさだ。

 そうだそうだ。すごくぎらついた顔の福助。いまどきのかわいい顔立ちじゃなくて昔に作られた妙なリアリティを追求した感じの福助。

 これが一番、あのおじさんを表現できている気がする。


「我が知るはずなかろう。これはこの世界のモノだからな」


 アリスはそう答え、素知らぬ顔でパフェをじっくりと味わっている。


「そんなこと言われても」


 僕だって初めて見るわけだし。


「ていうか、さっきのはなんだったの?」

「あれは我のスキルを一つをカナタに譲ったのだ。とはいっても複製だがな」

「そ、そう」

「スキルレベルも1からじゃ。まぁ、我と縁を結んだのだから慣れてもらうためにも力の一つや二つは使いこなせた方だいいだろう?」

「う、うん。うん?」


 なんか、混乱する。

 それにしても、魔眼だったよね? たしか。


 そうか。ついに本当に魔眼が疼くようになってしまうのか。

 その最初がこの人か……って。


 なんか、席から立って僕の側にいるんですけど?

 なんか、すごく見られてるんですけど⁉


「ねぇ、これって……大丈夫?」

「わからん」

「ええ」

「心配せんでも、なにかあれば我がなんとかしてやるよ」

「そう……よろしく」

「…………」

「どうしたの?」

「なんでもない。そうだ。我に任せよ」

「頼むよ」

「うむ!」


 妙に嬉しそうに頷くアリスに首を傾げつつ、でもその笑顔はやはり可愛い。

 うん。

 僕はすっかり、この不思議な美少女に魅入られているのだと実感した。




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