第32話 お見合い(アンジェラ視点)

 私は勧められるまま椅子に腰掛けた。テーブルには3段になったお皿に美味しそうなお菓子やケーキ、サンドイッチなどが載っている。前世で見たことのあるアフタヌーンティーだ。

 前世では見るだけで食べたこともなかったが、この世界ではしょっちゅう食べている。


「アンジェラ嬢は菓子が好きだったような記憶があったので用意してもらったが、あれから10年位経っているので食の好みは変わっただろうか」


 ランドルフ殿下はぼそっと私に話しかける。


「変わってませんわ。お菓子は今でも大好きです。いただいても?」


 美味しそうなスイーツを前に我慢できずいただいた。やっぱり王家のお菓子は最高だ。我がレキソール家のお菓子もなかなか美味しいと思うけれど、王家のお菓子はひと味違う。


 私が幸せそうに食べているとランドルフ殿下が重そうに口を開いた。


「ところで婚約の話なのだが」

「はい」

「アンジェラ嬢は全ての事を知っているのかな? 私達が実は従兄妹だったこととか……」

「ええ、存じております。父母から聞いた時は本当に驚きましたわ。それに伯父やシンシア様が生きていたこと驚きました。そして嬉しかったです」


 父母から大公殿下達の計画を聞いた時は腰が抜けそうなくらい驚いた。

 私の知っている「真実の愛」の世界と似て非なるこの世界で大人達がこんな計画をしていたなんて。

 そしてその計画の最後の締めくくりが私とランドルフ殿下を結婚させ、ランドルフ殿下にレキソール侯爵を継いでもらう事だと言う。


「私は元々自分の自出がわかる前から国王になるつもりはなかった。カインロッドの方が国王に向いている。私は臣下に降りカインロッドを支えるつもりだった。子供の頃は母の姿を見ていて結婚するつもりもなかった。だが、ラックノーラン国に行って本当の両親が愛し合い幸せに暮らす様子を見ていて結婚もいいものなのかもしれないと思うようになったのだ」


「ランドルフ殿下はお好きな方はおられませんの? もし、そんな方がおられるのなら、父母達の計画の犠牲になることはありませんわ」


 ラックノーラン国に好きな人でもいるのではないのか。レキソール侯爵家の為に我慢して私と結婚するのはやめてほしい。そんな悪役令嬢のポジションは勘弁して欲しい。


「私はそんな人はいない。アンジェラ嬢こそ好きな男がいたら私は邪魔だろう。ぽっと出てきた私が正統なレキソール侯爵家の跡取りと言われても、アンジェラ嬢にとっては迷惑な話だろう」


 ランドルフ殿下は至極まともな人のようだ。まぁ、初めて会った時もあまりの「真実の愛」の糞王太子とは違っていて驚いたが、今、目の前にいるこの人は完全に別人だ。


 ひょっとしたら薫がランドルフ殿下に生まれ変わっているのかもと考えていたが、ランドルフ殿下からは全く薫を感じない。記憶がないにしても薫ならきっとわかるはず。


 最後だけは原作どおり、私はランドルフ殿下と結婚して幸せに暮らしましたとさ、になるのかな?


 転生する前に原作を変えろと言われたような気がするし、本当に原作は木端微塵に変わってしまっている。でも私は何もしていない。

 生まれてからずっとのんびり暮らしている。


 ランドルフ殿下はとても良い人みたいだし、変な男と政略結婚させられるならランドルフ殿下がいいな。今更恋愛結婚とかないだろうし。

でも、薫の存在が引っかかっているのよね。もし、薫がこの世界に転生しているのなら、恋人だった私が他の人と結婚しちゃって大丈夫なのかな?

まぁ、私達は恋人だったけどあまり甘い感じではなく親友みたいな、兄妹みたいな感じだったから大丈夫かもしれないな。キスもまだしてなかったしね。

 私は多分、薫が他の令嬢と結婚していてもそれほどショックは受けない自信はある。それに女性に転生している可能性もなきにしもあらずだしな。


「ランドルフ殿下、私は好き方などおりませんわ。ランドルフ殿下さえよければレキソール侯爵家に婿入りして下さいませ。ただ……」

「ただ?」


 私はシンシア様のように淑女ではない。元は日本人の記憶を持つ転生者だ。


「私はシンシア様のような淑女ではありません。父も手を焼くお転婆でございます。それに結婚するなら愛し愛される家庭を築きたいと思っております。結婚したら、やっぱり私とは合わないので愛人を作るとか、そう言うのはご勘弁願いたいです。それでもよろしいでしょうか?」


「もちろんだ。私はあの国王を見て育ってきた。実の父だと信じていた頃はこの血が嫌で仕方なかった。あんな男の血がこの身体に流れているかと思うと死にたくなったよ。反面教師だな。私は実の父母のような家庭を築きたい。つまらない男で申し訳ないが、アンジェラ嬢、私と結婚してくれるだろうか」


 ランドルフ殿下は本当に真面目な人だ。私と真摯に向かい合おうとしてくれている。


「よろしくお願いします」


 私は微笑んだ。

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