禁軍へ(其の四)

 腕試しは私有地内の闘技場にて非公開で行なわれたため、本来なら結果は外部へ洩れぬはずであったが、禁軍側も孟雋孟焔もうしゅんもうえん父子の側もとりたてて秘匿しなかったため、耀輝ようきの敗報はたちまち宮中へ広まった。


 中でも、我が子の仇とて孟焔もうえん処断の急先鋒であった張魏ちょうぎや取り巻きの文官らは、この結果に驚きを隠せなかった。


 国師がかばい立てるなら私兵を差し向けてでもと荒ぶっていた彼らには、一介の監察司に過ぎぬ孟焔もうえん天覇てんは将軍とともに禁軍を差配する総大将の耀輝ようきを打ち倒すなど、天地が転んでもあり得ぬはずの一大事であった。


 張魏ちょうぎは慌てて子細を調べさせ、事実であると確認するや、たまらず切歯扼腕した。そして、


(――早まらなくてよかった)


 とばかり、胸を撫で下ろしている取り巻きどもの言葉を通りすがりに憮然と聞き、たびたび怒鳴りつけたい衝動にかられた。


 曰く、


 ――いやはや、危ういところでございましたな。

 

 ――まったくです。迂闊に私兵など動員していたら、大変な損害を被るところでした。


 ――張魏ちょうぎ殿には、まことお気の毒ではありますがなあ。


 張魏ちょうぎが側を通りかかるとみな口を噤み、行き過ぎるとまたぺちゃくちゃと噂話に興じるのであった。


 国師の威を怖れ、ついに我が子を見捨ててしまった張魏ちょうぎであったが、孟焔もうえんがこのまま野放しでは、亡き張葡ちょうぶの御霊が浮かばれぬ。


 とはいえ、国師は頼れぬし、孟焔もうえんの身柄が禁軍へ移るとなると、今後はいよいよ手を出しづらくなってしまう。


 張葡ちょうぶが不憫でならなかった。


 国師への畏怖が勝って見捨ててしまった我が子が、黄泉の国から呪詛を向けてきている気がしてならぬ。


(――いまにみておれ。孟焔もうえんめ、このままではすまさぬぞ)


 一方、自身の勝利に仕組まれたような不自然さを感じていた孟焔もうえんは、考え抜いた末、禁軍入りを断ろうと決意していた。


 父母に話せば反対されるので、今回も鳳凱ほうがいの護衛を買って出た時と同様、一人で決め、行動するつもりであった。


 この機会を逃せば、もはや浮かぶ瀬もない身ではあったが、あの耀輝ようきという総大将はどこか信じきれぬ。


 ――耀輝ようきか。なぜあのような嘘をつく?


「避けなかったのではない。避けられなかったのだ」


 あの言葉は、あきらかな虚言であった。


 確かに孟焔もうえんの闘気に驚いた印象はあったが、耀輝ようきにはまだ余裕があり、むしろ、攻めている孟焔もうえんのほうが闘気を全開にしていた分、余力がなかった。


 巧みに躱され、命中しても芯を外されて、決定的な機会に繋がらなかった。


 なのに、最後のあの瞬間だけ、なぜかフッと気を抜いた。


 対戦相手の孟焔もうえんを見ていなかった。


 孟焔もうえんは息つく間もなく攻め立てたので、どの技が決め手となったか自身でも判然としなかった。


 経験したことのない高速決着で、自身の側に勝因があるとは到底思えず、あの一瞬に生じた耀輝ようきの隙が勝敗を分けたとしか考えられなかった。


 とはいえ、実際岳賦がくふに対しそれを口にすることには迷いがあった。


 ――自信がなければ辞退するもよかろう。


 岳賦がくふの言葉を受けて意地になり、


 ――腕試しでも何でも受けて立ちましょう。


 と、前のめりになったのは孟焔もうえん自身であった。


 実際に禁軍総大将を倒しながら、自身の都合で辞退するとなると、岳賦がくふも相応に気分を害するであろうし、その後の身の振り方もいよいよ行き詰まってしまう。


 ――当たって砕けるしかあるまい。


 岳賦がくふほどの武人であれば、あの状況を知れば孟焔もうえんの心中も理解できるはず。


 そこにわずかな希望を託す以外、選択肢はないようであった。

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