禁軍へ(其の三)

 耀輝ようきは確かに身も心も傷ついている様子であった。


 全力で立ち向かって手加減しているようにしか受け取られなかったのなら、耀輝ようきの武人としてのプライドは、やはり少なからず傷ついたであろう。


 このことは直接孟焔もうえん本人に確かめるほうが確実であろうと思われた。


 岳賦がくふは口論になりかけた皇嵩こうすう耀輝ようきを制し、


「わかった。総大将の任はやはり耀輝ようき、引続きおぬしに担ってもらうとしよう。孟焔もうえんには別の任務を与えようと思う」


「実は閣下」と、耀輝ようきが憚るように口を挟んだ。「あの者の内力の正体には、一つだけ心当たりがございます」


「申してみよ」


「閣下は穴闢丹けつびゃくたんを?」


「低位の魔石から煉丹される丹薬であろう。気穴を開いて内力を向上させるとか。しかし、それを使ったからとて、おぬしの言うような桁外れの内力を得られるとは思えぬぞ。煉丹術の心得も必要であろう」


「その通りです」


 耀輝ようきは首肯し、言葉を続けた。


穴闢丹けつびゃくたんは低位の魔石から煉丹されますが、煉丹術は応用できます。より高位の魔物に対しても有効ということです。私は煉丹師も経験しておりますが、術式自体はさほど高度なものではありませぬ。しかし、あれほどの内力を得るとなれば、相当に高位の魔石を煉丹せねばならぬでしょう。相応の内力が必要ですし、私にはそのような魔物と遭遇した経験はございませんが、もし、そうした魔石を煉丹できれば、あるいは孟焔もうえん殿のような内力を得ることも可能かと存じます」


「なるほどな」


「これは閣下、本人に確かめるのが最善でしょうな」


 皇嵩こうすうが言うと、耀輝ようきは疑わしげな表情で、


「だが、孟焔もうえん殿が素直に答えるかどうか」


 岳賦がくふは再び二人を制し、


「いや、耀輝ようきの指摘は当たらずとも遠からずであろう。よいところに目をつけた」


 と、岳賦がくふは多少安堵した表情になった。


 仮に耀輝ようきの言う通りなら、孟焔もうえんが魔性の者である可能性は低くなる。


 ――それに、あの者が誰を護衛したか考えてもみよ。あの鳳凱ほうがいだぞ。さぞや恐ろしい魔獣どもと血みどろの闘いを続けていたに相違ない。鳳凱ほうがいに煉丹術の心得があったかは知らぬが、傭兵の出身なら、多少薬師や煉丹師の心得があってもおかしくはない。


「まあよい」と、岳賦がくふは立ち上がった。「二人とも大儀であった。下がってよいぞ。それと耀輝ようきよ、おぬしは帰って養生せよ。通常勤務に戻ることはまかりならぬ。厳命なるぞ。今度こそ、俺を失望させるなよ」


 厳しい口調で申し渡したので、耀輝ようきも逆らうわけにいかず、


拝命はいめい仕る」


 と、血色の悪い顔で包拳すると、渋々下がっていった。


皇嵩こうすう!」と、岳賦がくふは立ち去ろうとする皇嵩こうすうを呼び止め、


「手筈は整っておるな」


「はっ。昨夜のうちに事務処理はすませてございます。閣下には配置の決定と、国師殿への異動の申請をお願い致したく」


「ぬかりはないようだな」


 岳賦がくふ皇嵩こうすうにねぎらいの言葉をかけ、子供のような顔をした。


「それにしても皇嵩こうすうよ。耀輝ようきに続き孟焔もうえんだ。おぬしも丁玄ていげんもうかうかしておれぬな」


 からかうように言って、きまり悪そうに苦笑する皇嵩こうすうを呵々と笑い飛ばすのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る