禁軍へ(其の二)

 これには岳賦がくふも困惑するしかなかった。


 皇嵩こうすうを責めるはたやすいが、耀輝ようきの勝利を確信して彼を代理に立てたのは岳賦がくふである。


 責められるべきは岳賦がくふ自身であった。


「そうか」と、岳賦がくふは肩を落とした。「おぬしにそのような台詞を言わせる仕合とは、やはり俺が自ら出向くべきであったな」


「まったくです」と、皇嵩こうすうが首肯して、「耀輝ようき殿と互角に渡り合うだけでも大したものなのに、よもやかような深手を負わせるとは、想像の範疇を超えておりました」


耀輝ようきよ」と、岳賦がくふは青ざめた顔で傍らに立っている耀輝ようきへ訊ねた。「おぬしはどう感じた。孟焔もうえんをどう迎えるべきと考える?」


 耀輝ようきは一瞬悔しそうに唇を噛んだが、息を抜き、さらりと言った。


「むろん、私を打ち負かしたのですから、私と代わるべきでしょう」


「総大将にせよと?」


 耀輝ようきは肯いた。


「なるほど。おぬしの目に孟焔もうえんはそう映ったか」


「しかし、あれほどの武人。まずは閣下御自身で確かめるが肝要かと。私には少々荷が重すぎました」


 岳賦がくふ耀輝ようきの言葉を聞きつつ考え込んだ。


 果たしてどのような仕合であったのか。


 返す返すも自ら出向かなかった判断が悔やまれた。


 耀輝ようきほどの男がここまで打ち負かされるのか。もしや本調子ではなかったか。そうとでも思わねば、やはり受け容れ難い結果であった。


 黙然と考え込んでいた岳賦がくふは、やがて二人の顔を交互に見て、


「あの者について、何か気になる点はなかったか。何でもいい」


 二人は不思議そうに顔を見合わせたが、ふと思いついたように耀輝ようきが言った。


「そういえば、あの者の内力は尋常ではありませんでした」


「そうだ!」と、皇嵩こうすうも手を打って、「耀輝ようき殿はあの場でもそれを訊ねておられたな」


「そうなのだ。俺の知る限り、あれほどの内力を持つ者は閣下しかおらぬ。われら常人の修練では決して身につくものではない」


 岳賦がくふは小さく唸った。


 では、黒闢こくびゃく牢で出会った臨検司の頃からそれほどの力を秘めていたか。いや、当時の孟焔もうえんに関して、そのような評判はまったくなかった。ならば、その後神仙しんせん山脈で何かあったのか。


(もしや、魔性を帯びた者なのでは?)


 いったんそんな考えに引っかかると、容易に振り払えなかった。


 魔物の森の奥深く、何かしら異常な事態に遭遇し、偶然か必然か、超級魔獣の力を内に取り込んだのであろう。


 孟焔もうえんだけでなく、生還した連中がみな同様の力を得たのだとしたら、落伍者が一人もなかったことの辻褄も合う。


(あの孟焔もうえんが……頼れる男と思うていたが)


「気になる点がもう一つ」と、皇嵩こうすうが言った。


「何だ」


「仕合の後、あの者はおかしなことを口走っていました」


 耀輝ようきがハッとしたように皇嵩こうすうへ目配せをしたが、皇嵩こうすうは構わず話し続けた。


「この勝利には納得がいかぬと」


皇嵩こうすう殿」と、耀輝ようきが口を挟んだ。「あんな些細なことは、報告するに能わぬであろう」


「それは俺が決める」と、岳賦がくふは先を促した。「構わぬ、申せ」


 皇嵩こうすうはちらと耀輝ようきを見遣ってから、固い口調で続けた。


「実はあの者、今回の結果に納得できぬと申しまして」


「なに?」


耀輝ようき殿が闘いに集中しなかったとか。そのせいで、偶々まともに一撃入っただけなのだと。手加減されるは甚だ心外、そう激怒いたしておりました」


 岳賦がくふは首を捻った。


 それが事実なら、この結果もむしろ納得なのだが。孟焔もうえんが魔性の者でないなら、理由なく耀輝ようきが後れをとるはずもない。


 しかし、耀輝ようきは頭を振り、きっぱり否定した。


「言いがかりだ。なぜそのようなことを言うのか知らぬが、俺は手加減などしておらぬ。そも、あの者がそのように生ぬるい相手でないことは、皇嵩こうすう殿もわかっておるはず。俺は死力を尽くした。だが、あの者はその上を行ったのだ」

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