腕試し(其の七)

 やがて、人族とも思えぬ強大な闘気を纏った左拳が、顔面を護っていた耀輝ようきの腕を弾き飛ばし、続けざま、がら空きになった脇腹へ痛烈な右の一撃が叩き込まれた。


 思わず呻いて転がりそうになりつつ、打撃の芯をはずして受け、耀輝ようきはかろうじてその衝撃を弱めた。


 ふと、いつかの声が脳裏に響いた。


 ――どうした、一人では勝てぬか。


(くそっ、またおまえか! 俺に構うな!)


 ――まあよい、助けてほしくばいつでも言え。おまえの真の力は俺とともにあるのだからな。


(何だと?)


 声は、それきり聞こえなかった。


 国師と対面して以来、時々夜昼となく不意に聞こえてくる謎の声であった。


 非常に親しみを覚える懐かしい声なのだが、それでいて、どこか禍々しい響きも感じられた。


 あれから時折ふと聞こえてくるのだが、最近はいよいよ頻繁に話しかけてくるようになっている。


 まるで、自分が病的な二重人格のようにも感じられ、どこか不気味であった。


 孟焔もうえんを前にしながら、一瞬とはいえそんな意識に囚われたせいか、


 ――しまった!


 我に返った時は遅く、後頭部をしたたか強打され、武舞台の外へ弾き出されてしまった。


 どんな技をくらったかもわからぬまま意識を失い、耀輝ようきの身体は高々と宙を舞い、大地に叩きつけられると、それきり動かなかった。


 皇嵩こうすう孟雋もうしゅんも、唐突すぎる決着に立ち尽くすのみであった。


 そして、そんな成り行きを誰よりも納得できぬのが孟焔もうえんであった。


 ――こんな馬鹿なことがあるか!


 直前まであれほど巧みに攻撃を躱し、虎視眈々隙を覗っていたはずの耀輝ようきが、まるで偶然のような一撃でこうも呆気なく倒れ伏すとは無様が過ぎる。


 これが禁軍総大将の実力とは、到底考えられなかった。


 孟焔もうえんは、武舞台から転げ落ち、失神して地べたに横たわる耀輝ようきの姿をみると、固く握り締めた己が拳を睨みつけ、唇を噛んだ。



 *******************************



 そこに立っているのは、まぎれもなく耀輝ようき自身であった。


 ふと気がつくと、薄く笑みを浮かべた自分自身が、孟焔もうえんの一撃で転がされた哀れな耀輝ようきを見下ろしている。


「おまえ……またおまえか。俺と同じ姿、いったい何者なのだ」


 ――すでに何度も言うておるはず。俺はおまえだ。


「馬鹿な、俺は俺だ!」


 ――違う。俺こそが本来のおまえ自身。俺を認めぬがゆえのその無様な姿だ。惨めだのう。


「何を言う、おまえが現れ俺に語りかけさえしなければ、このようなことになってはおらぬ!」


 ――いい加減理解せよ。おまえは俺の存在を抜きに生きられぬ。それが証拠に、ほれ、おまえの頭蓋にはあの者の一撃により修復できぬ亀裂が入った。意識を取り戻したところで、生ける屍にすぎぬ。


「……」


 ――そも、おまえが全能者と呼ばれちやほやされてこられたのも、すべては俺の力。そろそろ目を覚ませ。そして、以後は俺の陰に隠れ、おとなしくしておることだ。でなければ、あの方のお役には立てぬぞ。


「あの方……閣下か?」


 眼前の耀輝ようきは答えず、変わらぬ薄ら笑いを浮かべるだけであった。


 ――おまえは知らずともよい。ここからは俺が代わろう、さあ、消えるがよい。


 懸命に立ち上がろうとする耀輝ようきの額にもう一人の耀輝ようきの右手が置かれると、耀輝ようきの存在はその眩く輝き放つ掌へと吸収され、いつしか消え失せていった。


 その場へ一人残った方の耀輝ようきは、暗い笑顔を漂わせ、遠くから自分の名が呼ばれているのを聞いていた。



 *******************************



「――耀輝ようき殿! 耀輝ようき殿!」


 耳元に響くその声の主は、皇嵩こうすうであった。


「大丈夫でござるか、耀輝ようき殿!」


 ようやく我に返った耀輝ようきであったが、意識が朦朧としているらしく、わが身に何が起きたか理解できていないようであった。

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