腕試し(其の六)

 孟焔もうえんの動きは父の想像を超えるものであったらしく、孟雋もうしゅんは歓喜のうちに驚きの表情を浮かべている。


 皇嵩こうすうも二人の速さに圧倒された。


 ――この二人に決着を求める必要があるのか?


 強い疑問も脳裏をよぎった。


 すでに、孟焔もうえんが自身や丁玄ていげんを遙かに上回る武人なのはあきらかで、敢えて勝敗を求めるまでもなく、禁軍の将として相応しい実力者であることは明白であった。


 互いに能力が拮抗している以上手加減はできず、正真正銘全力でぶつかり合えば、いかに素手の闘いとはいえ、どちらも無事には済まぬであろう。


 万が一にも深手を負うようなことになれば本末転倒になる。


 皇嵩こうすうは取り返しのつかぬことになる前に止めるべきだと思ったが、同時に、武人としての本能に近い欲求が、耀輝ようき孟焔もうえんの限界を覗きみたいと切望してもいた。


 そうして逡巡するうち、彼らの闘気はいよいよ強まって、もはや誰にも止めようがなかった。


 孟焔もうえんが挑戦者の立場から積極的に攻め、耀輝ようきはそれを巧みに受け流している。


 闘気とうきが高まるにつれ二人の技には磨きがかかり、孟雋もうしゅんにも皇嵩こうすうにも、いまや捕捉するのも困難になりつつあった。


 皇嵩こうすうは向かいに立つ孟雋もうしゅんへ、


(ここは止めるべきではないか)


 と、目配せをしたが、孟雋もうしゅんは想像を遙かに超えるわが子の闘いぶりにすっかり魅入られ、皇嵩こうすうの合図も目に入らぬのであった。


 皇嵩こうすうも正直、孟焔もうえんの実力を侮っていたところがあった。


 皇嵩こうすう丁玄ていげんが神護院で初めて手合わせした時でさえ歯の立たなかった耀輝ようきが、あれから三年、岳賦がくふとともに日々研鑽を重ね、いまでは世間広しといえど太刀打ちできる者は岳賦がくふのみというのが、禁軍のみならず各所での評価となっていた。


 ところが、眼前に展開される光景は、皇嵩こうすうの想像を絶するもので、孟焔もうえんは禁軍総大将たる耀輝ようきに対し、互角どころか、あきらかに優勢に立ち回っていた。


 目視できぬ速さで拳や蹴りが繰り出され、あの耀輝ようきがいつしか防戦一方となっている。それも、攻撃を躱せているのは耀輝ようきなればこそであり、皇嵩こうすうでは一支えも敵わぬに違いなかった。


 ――怖ろしい奴!


 その思いは、嵐のような攻撃を受け流している耀輝ようきも同じであった。


 拳が強い闘気を纏っているため、一呼吸早く衝撃がくる。


 通常の相手なら微かな気配からでも動きの予測は可能で、十分に躱すことができた。というのも、闘気は性質上得物を持たねば十全に威力を発揮できず、それは岳賦がくふですら例外ではないからであった。


 ところが、この孟焔もうえんという男の闘気は、素手でも暴力的な威力を発揮している。


 おそらくそれは、当初感じた尋常な修行では身につかぬ強大な内力のなせる業に違いなかった。


(これほどの内力――いかにして身につけたものか?)


 反撃の隙を狙いつつ、耀輝ようきは初めて岳賦がくふ以外の将に畏怖を抱いた。


 孟焔もうえんの火を噴くような攻撃は勢いを増すばかりで、その闘気に触れるたび、耀輝ようきの体力は少しずつ削り取られていった。


 ――行けるぞ!


 孟焔もうえんも、思いのほか自分の力が耀輝ようきに通用するのに驚きつつも、より自信を深めた。


 禁軍総大将を相手に、まずは全力で当たるしかないと腹を括ってはいたが、蓋を開けてみれば、むしろ一方的に押しまくっている。


 孟焔もうえんの武𠈓は、確かに耀輝ようきのそれに匹敵する域まで到達しているようであった。


 とはいえ、さすがに岳賦がくふの認める禁軍総大将で、耀輝ようきも上手く立ち回って決定的な機会を与えない。


 嵐のような孟焔もうえんの攻撃を巧みに防ぎ、反転攻勢の隙を狙っている。


(やはり、一筋縄ではいかぬ)


 孟焔もうえんは意を決し、自身のもてる内力のすべてを解放して襲いかかった。


 桁違いに勢いを増した孟焔もうえんの攻撃に、耀輝ようきはいよいよ窮地に追い込まれた。


 孟雋もうしゅん皇嵩こうすうも、およそ信じられぬ表情で茫然と見守っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る