神護院の対決
――
約束の刻限になっても、人の現れる気配はなかった。
寺がいつ廃寺となったか、
本堂の大穴や、破れた屋根。
地べたに転がった石像の頭など、どれも人為的な痕跡であった。
そうした神仏への憎悪が民の胸に吹き溜り、捌け口を求めて破壊に走ったのであろうと、
つらつら考えながら、境内の周囲を散策していると、いつからいたのか、本堂の陰から二人の武藝者らしき男が現れた。
二人とも着衣は粗末なもので、差料も質で調達したかと見まごうほどに貧相であったが、そうした外見とは裏腹に、なかなかの内力を秘めているようであった。
一人は筋骨逞しい偉丈夫、いま一人は、均整のとれた中肉中背のまるで凄味を感じさせぬ武藝者であった。
膂力は外見で判断できるが、内力は見た目通りとは限らぬ。
巨体の武藝者がゆっくりと進み出で、
「あんたが剣山道場の
見知らぬ男に問われ、
「誰かは知らぬが、俺の待ち人はおまえではない。失せろ」
「そうもいかぬ」と、偉丈夫は言った。「われらが主に斬りかかった償いはしてもらう」
(……なるほど、そういうことか)
「いるのであろう? 勿体をつけるのもいい加減にしろ! 斬りかかったことはすでに詫びた。これ以上愚弄する気なら、帰らせてもらう」
すると、やはり境内に響き渡る姿なき大音声が、何処からともなく答えるのであった。
「帰りたければ帰れ。そして、また己の実力を隠しながら、無為なる人生を送るがよい。俺はいっこう構わんぞ」
「なんだと?」
「おぬしの師範が、まことおぬしより強いのなら、俺に斬りかかりはしなかったであろう。あの時、おぬしは己を誤魔化しきれなかったのだ」
それは、確かにあの武人の声であった。
その言葉は、人に優れるがゆえに満たされることのない
武人は、
自分より遙かに劣る者の下で、己を偽りながら生き続けねばならぬことに、
だが、全能者たる
かの武人こそが、全力で立ち向かうにたる稀有な者であると感じたればこそ、わざわざ
その男の正体を知るためなら、
(多少の座興には付き合ってやるか)と、
「よかろう。それで償いとは? 俺にどうせよというのだ?」
まずは偉丈夫の武藝者が踏み出して、
「わが主の名を知るに値する者かどうか、確かめさせてもらう」
「――存分に」と、
しかし、武藝者は剣に手をかけようとしない。
「抜かぬのか?」と、
「剣は不得手なのだ」と、答えた。
「では、何が得意だ?」
「これだ」
武藝者は拳を固め、力瘤をつくってみせた。
「拳か」と、
偉丈夫の武藝者と
頭のない二体の石像と、もう一人の武藝者が見守る中、睨み合った二人から抑えきれぬ闘気が溢れ出て、それぞれの身体を包んでいった。
強い闘気は周囲に触手を伸ばすかの如く広がり、ぶつかりかけたその一瞬、二人の格闘者は、弾けるように間合いをつめた。
目にも止まらぬ速さで次々と拳が繰り出され、一方が打ち込めば一方は的確にいなし、反撃されるとまた素早く躱した。
有効打のないまま、技は惜しげもなく披露され、思いがけぬ手応えに、
「おまえ、思ったよりやるな!」
調子づいた
本気に近い蹴りであったため、肋骨がいくつかへし折られたらしく、武藝者はもんどりうって地べたへ転がった。
「い、ち、ち、ち……!」
苦痛に顔を歪めた武藝者が、脇腹を抑えて立ち上がると、痛みを堪えて包拳した。
「お見事、俺の負けだ。おまえを認めよう」
「思いのほか潔いな」
「だが、もう一人は俺より強いぞ」
「そうか。楽しみだ」
武藝者は石像の横に立ち、二人の闘いを見守っていたもう一人に歩み寄り、
「見ての通り俺は負けた。後はおまえ次第だ、頼むぞ」
中肉中背の武藝者は、困ったように人差し指で鼻の横を擦りながら、
「あやつの技は、なお奥が深そうだ。まあ、せいぜい引っ張り出せるよう頑張るさ」
大柄の武藝者は、相方の肩を軽く叩いて送り出した。
その息の合った様子をみた
(あの武人の弟子たちなのか?……いや、主と言っていたな)
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