老将・黄頴

 緑林の地で大将不在の西邑せいゆう軍に合流した鳳凱ほうがいと麾下の五名の将は、顔の下半分を真っ白な剛毛に覆われた厳つい体躯の老将黄頴こうえいに迎えられた。


 元はらくに仕えた名将だが、西邑せいゆう王となった齊訡せいぎんを支え、副将として各地で数々の戦功を挙げた。


 齊訡せいぎんと戦場で轡を並べる姿を見た者達は、皆口を揃え、まるで血の通った祖父と孫のようであったという。


 世代の異なる二人にも、互いに認め合う部分があったのであろう。


 とはいえ、黄頴こうえいから見れば、齊訡せいぎんなど一人前の将とは到底見做し難い上官であったはずで、その実力を認めさせるには、さだめし苦労があったに違いない。


 鳳凱ほうがい齊訡せいぎんが戦場で勝利を積み重ね、黄頴こうえいの信頼を勝ち得るまでのたゆまぬ努力に思いを馳せた。


 陣の様子を見れば、兵の士気や将の力量はおよそ把握することができる。


 齊訡せいぎんが捕われ身動き取れぬ状況のため、一見すると綱紀が緩んでいるかに見えたが、ひとたび異変があれば、たちまち一致団結して立ち上がるであろう気配が漲っていた。


 いつまで待機せねばならぬか判然としない中、平常心を保ち続けるのは難しい。


 大抵は、戦場のピリピリした緊張感に耐えきれず、抜け駆けをする将や、脱走する兵が現れたりするものだが、黄頴こうえいの下で統率された西邑せいゆうの兵には、そのような気配は少しもなかった。


 黄頴こうえい鳳凱ほうがいらを本陣へ案内すると、作戦会議のため設えられた卓上に、附近の地図を拡げてみせた。


 寨近くの間道や洞窟、沼といった地形はもとより、樹木の種類まで網羅された詳細な地図で、鳳凱ほうがいもこれには驚いた。


 都より新たな指令が下されぬ限り、黄頴こうえいは勝手に軍を動かせない。


 兵を休ませるには好都合だが、彼らには、なお戦争中である事実を忘れてもらっては困る。


 そのための方便として、黄頴こうえいはこのような詳細な地図を作らせ、常に戦闘再開へ向けた準備を着々と進めていたに違いなかった。



「見事だ」と、鳳凱ほうがい黄頴こうえいの肩を叩いて微笑みかけた。「この地図があれば、作戦はすでに成功したも同然である」


「いえ。戦場の地形、天候等を知るは将たる者の嗜み。当然のこととは存ずるが、お役立ていただけますれば、これに優る喜びはございません」


「王子様は誠に優れた部下をおもちだ。兵達の自信に満ちた様子といい、これなら連戦連勝というのも肯ける」


「誉れ高き鳳凱ほうがい殿より過分な御言葉、光栄の至りにございます」と、黄頴こうえいは言った。


 それから、傍らの小箱を引き寄せると、中から巻物を取り出して、


「これもぜひお役立て願いたい」


「何かな」


 鳳凱ほうがいが開いて見ると、それは寨の見取り図で、門や櫓の位置や数、そこに配置されている兵の人数などがつぶさに書き込まれていた。


「ありがたい」と、鳳凱ほうがいは巻物を閉じて礼を言った。「だが、よくぞここまで調べ上げたものだ」


「いずれこのような時も来ようかと。役立てていただければ、準備の甲斐があったというものです」


「感謝するぞ、黄頴こうえい殿」


 黄頴こうえいから地図と見取り図を受け取った鳳凱ほうがいは、日暮れを待ち、さっそく寨へ潜入すべく隊員達に準備を命じ、自身は地図と見取り図を睨んで、潜入方法の検討に余念が無かった。


 日が落ちて、周囲が闇に包まれる頃、本陣近くに黒い衣装に身を包んだ救出部隊の五名が整列し、同じく黒装束を身につけた鳳凱ほうがいが、救出作戦の詳細を伝達した。

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