都の沙汰

 第二王子捕縛さる!


 敗報はたちまち都へ伝わって、永安えいあんは恐慌状態に陥った。


 齊国内では鳳凱ほうがいに次ぐ第二の猛将と謳われる齊訡せいぎんであった。


 長じて後は、自ら兵を率いて各地を転戦したが、敗北を知らぬ不敗の英雄が、よもや緑林に巣くう賊軍などに後れを取り、生け捕りにされるなど考えられぬ事態であった。


 仮に、齊訡せいぎんがすでに戦場に斃れているなら、何をどうしようが手遅れだが、一縷の望みがある限り、何としても救出せねばならない。


 やがて、追使として敗軍に先行して都へ帰還した数名の報告により、戦場の様子が明らかになった。


 それによると、緑林軍の大将は岳賦がくふと名乗る無名の槍使いで、互いに味方の損害を出さぬため、齊国軍の大将、つまり齊訡せいぎんに対し、一騎打ちを提案してきた。


 この点からして、敵は齊軍の大将が齊訡せいぎんであることを知らないか、そもそも齊訡せいぎんの戦場における名声を知らないかであり、やはり一国の軍に比すれば情報収集能力において致命的に劣るといえた。


 他国の軍であれば、常勝の武人に対し、そのような選択は決してしないはずであった。


 緊急招集された御前会議において、そのような敵軍分析がなされる中、一人鳳凱ほうがいは沈思黙考、腕組みをして何事か深く考え込んでいた。


 会議には他にも、耀よう王をはじめ、国師の黒蓉師こくようしほう太子、孟雋もうしゅん禁軍大統領、他各方面軍の将らが六名の計十名が列席していたが、概ね見方は一致しているようであった。


 しかし、活発な意見が交換される中、ずっと黙りこくっている鳳凱ほうがいの様子に気づいた黒蓉師こくようしは、列席の者達に成り代わって、その意見を求めた。


「およそ、皆の意見は出揃ったようだが、さて、鳳凱ほうがい殿はどのようにお考えかな?」


 鳳凱ほうがいは改めて着座している将らの表情を見回して、重い口を開いた。


「敵軍の兵力、城塞の規模等はおくとして、一つだけはっきりしているのは、ぎん王子様が一騎打ちにて敗れたという事実にございます」


「確かに、そのようだな」と、耀よう王が肯くと、列席者達も互いに顔を見合わせ、


「それはそうだ」


「うむ、確かにな」と、肯き合った。


「結果からすれば、王子様の名声を知った上で、岳賦がくふなるその将には、なお勝つ自信があったとも考えられまする」


「しかし、岳賦がくふなどという名は聞いたことがない」と、各方面から集まった将らは口々に言った。「あのお方に一騎打ちで勝利するほどの武将が、これまでまったく知られていなかったのは、どういうわけなのだ」


「出自の低い者は、いかなる勇将智将とて、世に出ぬ限りは無名が当然」と、黒蓉師こくようしが言った。「私とて、ほう太子に見出されたればこその現在なのだ。それは、鳳凱ほうがい殿とて同じこと。その岳賦がくふなる者は、これまでそのような縁に恵まれなかったのであろう」


「あるいは、敵の内情を探るため、敢えて囚われたという可能性もございましょう。とにかく、王子様が敵の手の内にあり、明日をも知れぬ身の上であることは厳然たる事実であり、一刻も早くお救いせねばなりませぬ」


 わかりきった問題ではあるが、その点になると、誰一人明確な答えをもつ者はないようにみえた。


 対峙している軍を少しでも動かせば、開戦の意思ありと受け止められ、齊訡せいぎんがどのような扱いを受けるかしれない。


 すでに処刑されているならともかく、なお存命の可能性がわずかでもある限り、迂闊な行動はとれなかった。


 第二王子の奪還をめぐり会議は紛糾するも、万全といえる方策は誰からも示されず、黒蓉師こくようしでさえ、少人数の将兵を選りすぐって精鋭の救出部隊を編成し寨に潜入させるという、名案と呼ぶにはほど遠い、きわめて危険な作戦を提案するのがやっとで、そのような提案を御前会議でなさねばならぬ自身の不明を深く恥じ入っていた。


 それでも、黒蓉師こくようしの考えをまず重くみる耀よう王は、それを否定せず、叱りつけることもしなかった。


 これまでも、黒蓉師こくようしの言葉が筋を違えたり、悪い結果を招いたことは一度としてなかったからである。


 それに、誰にせよ他に名案を出す者がないのだから、その案を実行する他はない。


 この場合問題になるのは、作戦そのものより、実行部隊であった。


 そもそも並の者では寨に接近することすら難しい。


 かといって、いかに優れた武人であれ、強いというだけでは、隠密行動はできない。


 ごく自然な成り行きとして、部隊長の任には、傭兵上がりでこうした作戦経験の多い鳳凱ほうがいに、白羽の矢が立てられた。


 黒蓉師こくようしの策ではあるが、耀よう王の勅命を拝し、鳳凱ほうがいは禁軍から選び抜かれた五名の精鋭とともに、報告に戻っていた西邑せいゆうの兵達を案内に立て、急ぎ永安えいあんの都を出立した。

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