緑林の雄・岳賦(後編)

 齊訡せいぎんは興味深げに岳賦がくふを見て、


「酔狂な男だな。さっさと殺せば良いものを、俺をかばって何の得がある?」


「得?」と、岳賦がくふは小さく笑い、「俺はおまえほど強い男と闘ったことがない。その武勇を惜しむだけだ。ここで連中に殺されるのなら、それも仕方がない」


「勝手な言い分だが、一応礼は言っておく。しかし、逃げ延びれば、俺は兵を率いてまたここを攻めるぞ」


「逃げられると思うのか!」と、興奮した浪人達が口々に怒声を上げた。


「望むところだ」と、岳賦がくふは槍を掲げて彼らを制しながら、齊訡せいぎんの縄を解いた。「何度でも向かってくるがいい。また捕らえてやる」


「一つ教えてやろう」と、解放された齊訡せいぎんは言った。「おまえは俺より強い相手と闘ったことがないと言ったが、俺はおまえより強い相手と闘ったことがある。上には上がいるのだ。自惚れもほどほどにせねば、痛い目に合うぞ」


「何だと?そんな奴がいるのか?」と、岳賦がくふの顔色が変わった。「誰なのだ、それは?」


「いずれわかる。その時を楽しみにしていろ」


 齊訡せいぎんのその言葉が合図となって、浪人達が餓狼の如く襲いかかった。


 しかし、齊訡せいぎんには触れることすらできず、強力な気功波と操気弾で、台風に飛ばされる木々のように、たちまち撥ね飛ばされてしまう。


「おのれ!」


「逃がすかっ!」


 次々わき出る敵の群れを、齊訡せいぎんは遮る者のなきが如く、傍若無人に駆け抜け、緑林の鬱蒼たる森の中へと姿を消した。


「逃すな、追え、追えっ!」


「敵は一人だぞ。押し包んで討ち取れい!」


 岳賦がくふは酒の徳利を傾けながら、齊訡せいぎんに攪乱され、混乱を極める緑林軍の有様を、じっと見守っていた。

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