宝玉に宿る魂
魔陣兵の魔力は、アーシェンのそれに比すれば微々たるにすぎず、彼らだけで魔獣の大群を駆逐することは不可能であった。
まして、その上に立つ魔人に対抗するには、やはり武力に秀でた武人の力が必要で、アーシェンは、彼自身が疎外されるのは仕方ないにしても、大陸人同士で連携できぬようでは勝ちは
他ならぬ
身につけている武具のことごとくが、それまでと比較にならぬ強靱さを加え、長いこと苦戦を強いられてきた魔獣の群れを、易々と討伐できるようになったからである。
このことがあってから、魔陣兵に対する見方は変わったといわれるが、やはり、積極的な交流が始まることはなかったようである。
ある日、アーシェンが族長の幕舎を訪ねると、彼は恐ろしくまじめくさった顔で、熱心に小さな珠を磨いていた。
まるで、扱いを誤ればたちまち壊れてしまう脆い宝玉を転がすように、慎重に、丁寧に、念入りに磨いていたので、アーシェンは声をかけず、その場にじっと立ち、作業が終わるのを待っていた。
族長は、まだ見た目も若く、「長老」的な印象はなかったが、彼は、自分は戦に参加する部隊を任されただけで、長老は、女子供ともども故郷の里を守っているのだと言った。
磨いていた宝玉は、亡き一族の魂が憩う場であり、我らも死すれば、そこで両親をはじめ、先祖累代の御霊と再び相見え、共に生きることになるのだ、と嬉しそうに言った。
アーシェンは、相手の口から、両親、先祖といった言葉が出るたびに、胸の隅に疼くような痛みを覚えた。
自分は一体どこから来、どこへ行こうとしているのか。
悩ましい気持ちにならざるを得なかった。
自分たちがどこを目指しているか、明確に理解しているらしい
彼らは、故郷について何も語らなかった。
アーシェンにも、いっさい話さなかった。
そのため、彼ら一族がこれまで何処に住み、どのように暮らしてきたかを知ることは誰にもできなかった。
「なにゆえ、そのように逼塞しておるのだ。そなたらの能力があれば、豊かな土地を手に入れ、幸せに暮らすことも可能であろうに」
アーシェンが訊ねると、族長は、祀られた宝玉へ目を遣って、
「幸せとはいかなるものでございましょう」と、微笑むのであった。「人は誰も二言目にはそのように申しますが、さて、それがどのようなものであるかは、誰も見知っておらぬように見受けます。しかも、そのよくわからぬもののために領地を奪い合い、殺し合い、血を流して、我らには好んで悲惨を引き寄せておるようにしか見えませぬ」
アーシェンも宝玉のほうを見遣って、「なるほど」と、肯いてみせた。
「我らは我らの能力を戦に使いたくはなく、また、利用されたくもありません。ゆえに、人族同士の争いからは距離をおきたかった。この力があれば、いかなる土地であれ、暮らしに困ることはございませんので」
小さな珠は、彼の言葉を聞いているかのように、ちかちか瞬いて見えた。
(この者らにとって、世界は仮の宿なのだ)と、アーシェンは思った。
族長の言葉を信じるなら、彼らはみな、いずれあの小さな丸い塊の中へ還って行く。
その時、亡き両親や、先祖累代の御霊とやらに、自分は何人殺したとか、どれだけ広大な土地を支配したとか、そんな話はしたくないであろう。
もっと明るい、楽しい話をしたいに決まっている。
「そなたたちから見れば、俺などはさだめし人族の争いにいいように利用される道化なのであろうな」と、アーシェンは呟き、何か言おうとする族長を遮って、「よいのだ。俺はすべて承知の上で、いまここにいる」と、言葉を継いだ。
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