魔陣兵参戦

 また別の日には、夜襲の陣中に焚き火を囲んで、こんなことも言った。


「戦を避けてきたそなたらが、此度は何故我らのもとへ馳せ参じたのだ。一族の存在は、もはや大陸全土に知れ渡った。せっかく人族の争いから逃れてきたこれまでの努力が、水の泡ではないか」


「人族の戦と魔族のそれとは違います」と、族長は答えた。「人が戦に走るのは、豊かさと支配を求めるゆえですが、魔族の目的は殺戮と破壊です。あなた方の軍が壊滅し、大陸の支配権が奴らの手に落ちれば、ついに我ら一族の命運も尽きましょう。長老は、決して傍観はならぬと仰せになり、我らを人族のもとへと遣わされたのです」


「では、人族はその長老殿に感謝せねばなるまいな。そなたらの参戦は、この上ない力となった」


「ですが、それもあなた様がおられればこそ。でなければ、我らが入隊を許可されることはなかったでしょう。ほれ、この通り剣も振るえぬ一族ゆえ、武人の皆様にとっては、目障りな虫けら以外の何物でもございますまい。あの遼雲りょううん様も、我らの価値にはお気づきになられなかったと存じまする」


 そんなはずはない、とアーシェンは苦笑した。


 天候を操ったり、未来を予見したりする能力が、戦においてどれだけ有利に働くかなど、子供にでもわかる。


 どうも、彼らは彼らなりに気を遣っているらしい、とアーシェンは思った。


 異邦人として忌み嫌われるアーシェンを慮り、遼雲りょううんの名を引き合いに出したものであろう。


 しかし、彼らは知らぬが、遼雲りょううんもまた、衆に抜きん出た才をもつ者につきものの孤独を常々感じており、そのことを知る者は、アーシェンの他には誰もいなかった。


 遼雲りょううんは、二人きりになると、太陽帝たいようていと呼ばれるのを嫌った。


「俺の名は遼雲りょううんだ。太陽帝たいようていなど知るか」


 邪険に吐き捨てることもあったそうで、人族が決して彼自身を必要としているのではないことをわきまえていて、よくこぼしたという。


「わかるか、アーシェン。連中に必要なのはこの剣と鎧で、俺ではない。使えるのが俺だけゆえ、かように持ち上げるのだ。太陽帝たいようていとは、笑わせてくれる」


 それでも、その太陽帝たいようていの誕生により、人族の戦が意味するものの変わりつつあることは、士気の高揚、団結力の高まりなどからも、誰もがぼんやりとではあるが実感していた。


 強大な外敵の出現が、皮肉にも人族同士の垣根を払い、絆を強固にした恰好である。


 いくばくかの問題を内包しながらも、こうして二人の英雄の台頭によって勢いを増した人族の抵抗に対し、怨滅崖えんめつがいと麾下の軍団は、戦略の練り直しを迫られた。


 といっても、もとより特段の戦略などなく、そのようなものを持たずとも、それまでは人族の殺戮など容易なはずであった。


 凶悪な魔獣をけしかけ、力任せに蹂躙すれば、彼ら自身は何一つ手を下す必要もなく、むしろ退屈なほどであったのだが、状況は瞬く間に、急激な変化を見せ始めていた。


 兆候が現れだしたのは、人族の武具が魔力を発揮し始めた頃からであったが、魔陣まじんが直接参戦するようになって、より顕著になった。


 彼らの初陣は、雨期にさしかかった初夏の侯で、季節柄、頻繁に風雨が暴れ、溢れた濁流が一帯を呑み込んだりもしたが、魔陣まじんはそのような天候を利して、落雷を用いて敵を焼き払ったり、洪水を操って水攻めを行ったりして、自軍の兵を損なうことなく、魔獣の大群を打ち破った。


 これは、人族にとって初の快挙となり、襲われれば逃げ惑うことすらかなわなかった人々には、このような胸のすく大勝利は、経験のないことであった。


 捷報はたちまち全軍を駆け巡り、魔陣の一族は一夜にしてその名を轟かせたが、彼ら自身にはまるで浮かれたところはなかった。


 平生、魔族が人族に為していることを、攻守を変えて為したにすぎず、自分たちも魔族と同類なのだと思い、むしろ、沈んだ気持ちになってしまっていた。


 陣中にあっても、宝玉を絶えず祀り、憑かれたように、一族を挙げて日々の拝礼を怠らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る