アーシェンと遼雲

 怨滅崖えんめつがいと麾下の軍団は、大陸全土で暴虐の限りを尽くしたが、むろん、そのまま人族が滅びてしまえば、費亥ひいをはじめ後の研究者の出る幕はなく、人族にとって絶望的なそうした歴史の潮目を変えたのは、一人の異人であった。


 金糸のような髪、大理石の如く滑らかな肌、葡萄酒の色をした目。


 どれをとっても大陸由来のそれではなく、では、どこからやってきたのかと問われれば、その点についても定説はなかった。


 アーシェンと名乗る不思議な術式を駆使するその異邦人は、自身の身の上を何一つ語らなかった。


 語りたくとも語れなかったのである。


 過去の記憶はいっさいなく、魔獣の群れから身を護るため、生来有していたその人智を超えた強い魔力を、本能に従い駆使していたにすぎなかった。


 結果的には、それが追いつめられた人族を救い、後に太陽帝たいようていと呼ばれることになる若き英雄遼雲りょううんとの出逢いへ導いたわけだが、これは人族にとっても実に僥倖であった。


 一方で、怨滅崖えんめつがいを倒し、大陸全土へその名を轟かせることになる太陽帝たいようていこと勇将遼雲りょううんの出自であるが、アーシェンより判明している事実が多いとはいえ、こちらも詳らかでない点が多かった。


 戦乱の世に生を享けた者の常として、両親、家族構成等不明であるし、幼少期をどのように過ごしたかなどもわかっていない。


 遼雲りょううんの名が世に知られるようになるのは、ひとかどの剣士に成長した後のことで、それも剣の技倆より、武具そのものに備わる特異な能力によってであった。


 屈強な兵が束になっても歯が立たない魔獣を、遼雲りょううんの剣は易々と斬って捨てた。


 その剣術は神技と称賛され、遼雲りょううんの勇名は天下に知れ渡ったが、彼の桁外れの強さが、実は技ではなく、身につけている武具そのものに起因すると最初に見抜いたのが、アーシェンであった。


 生来の魔力が、遼雲りょううんの持つ武具の発する不可思議な力と共鳴したためで、アーシェンは、遼雲りょううんが剣や鎧を手に入れた過程に、非常な関心を示した。


「幼い時分、遊び場にしていた洞窟で拾ったのだ」


 遼雲りょううんはそう答えたというが、彼は、大陸を南北に縦断する、後に天蓋てんがい山地と呼ばれることになる山岳地帯の麓、婁匝ろうそうの地で誕生しているので、その附近に点在する洞窟の一つであったろう。


「貴殿の武具には、何か得体の知れぬ意思を感じる」と、アーシェンは言った。「偶然拾ったつもりであろうが、剣も鎧も、貴殿に拾われるべくそこにあったのだ」


 アーシェンの指摘は、同席した者たちを困惑させたが、遼雲りょううん自身は何か思い当たることでもあったのか、じっと考え込み、特に反論しなかったという。


 そんな風にして、二人が表舞台へ登場したことにより、魔族の猛威に為す術なく蹂躙されていた人族の間にも、希望が生まれ、それまで奪い合いや殺し合いに明け暮れ、団結することなど知らなかった人族が、初めて一つにまとまり始めたのであった。


 二人のもとへは、大陸全土からこぞって兵士が参集したが、顔ぶれは実に多彩であった。


 外見はもちろん、思想も、慣習も、文化も、価値観も違う雑多な人々が、各々独自に造り上げた武器を手に集まり、軍勢は大海のようにうねって、その壮観が集った兵たちに改めて大陸の広大さを知らしめるのであった。

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