冥界四天王

 怨滅崖えんめつがいは、自身が戦場へ出向くとすぐ戦が決着してつまらないため、我が身の分身として四体の人型の魔獣を生み出し、軍の指揮を任せると、自身は高みの見物を決め込んだ。


 四体の魔獣は、むろん、怨滅崖えんめつがいに比すれば弱い個体ではあったが、一般の魔獣よりは遙かに高い知能と武力、魔力を備え、人族からみれば充分すぎる脅威となった。


 一見人をかたどった外見をしているため、魔族の人の意で魔人と呼ばれ、怨滅崖えんめつがいは、その上位に君臨する存在のため、これと区別するのに、唯一無二の魔神という呼称を奉られた――というのが定説になっているようである。


 別個体である以上、魔人にはそれぞれ個性があり、違う能力、性質を有していたが、人族にそのことを知る者はほとんどいなかった。


 戦場で魔人の姿を目撃する機会がそもそもなかったためで、戦闘力は、たとえ下位の魔獣でも、人族の兵を遙かに凌駕しており、魔人が前線まで出張らずとも、魔族の軍団は人族の集落を易々蹂躙し、殺戮を恣にしていたし、魔人が一体ではないことを知る者すら稀なのであった。


 魔人には各々名もあったが、後世知られることになるその名が、実の名ではないことも明らかで、後の史家が、資料に基づき便宜上名づけたものであろうとの説が有力である。


 魔人には序列があり、能力差も存在したというが、この点も詳細は不明であった。


「防魔戦役史」を編纂した費亥ひいによると、最上位の矮闇霊人わいあんれいじんほか、冥飃鬼将めいひょうきしょう妖魔霊嬢ようまれいじょう闇妄忌人あんもうきじんら四体の魔人は、冥界四天王と呼ばれていたというが、人族が魔人の複数存在する事実すらほぼ知らなかった点を踏まえると、おそらくは創作であろうと思われる。


 とはいえ、ほんとうの名は知りようもないので、当時の情勢を推し量るのなら、やはりここを出発点とするよりなさそうである。


 魔人はみな、髪、爪といった怨滅崖えんめつがいの身体の一部から生み出され、その外見は、人を模したというより、むしろ、怨滅崖えんめつがいを模したものといえそうであった。


 しかし、魔人がきわめて人族に近い性向を有していたのも確かなようで、得手不得手があったり、知力や膂力にも著しい差異があったという。


 人の顔貌かおかたちが一人一人異なるように、魔人の容貌も各々異なっていた。


 殊に、妖魔霊嬢ようまれいじょうは特異な存在で、怨滅崖えんめつがいが自らの強すぎる情動を慰撫すべく造り出した、麗しき魔女であった。


 常に怨滅崖えんめつがいの傍らに侍り、主の求めに応じてその豊満な肉体を提供した。


 怨滅崖えんめつがいは時折訪れる抑え難い凶暴な性衝動を充たすため、無数の女人を陵辱していたが、人族の女は脆かった。


 魔神の荒淫に耐え得る者はなく、皆たちまち絶命してしまう。


 怨滅崖えんめつがいには彼の暴力的な性衝動を受け容れる器が必要であり、妖魔霊嬢ようまれいじょうはそのためにのみ生み出された魔人であった。


 したがって、軍を率いて戦場に立つことはなかったが、しかし、そのような機会が訪れれば、充分に役割を果たしたであろう。


 女型とはいえ、魔力、武力とも均衡のとれたきわめて優れた魔人であった。


「防魔戦役史」には、矮闇霊人わいあんれいじん冥飃鬼将めいひょうきしょうに次ぐ第三位と記される魔女ではあるが、これはあくまで費亥ひいによる評価であって、本来はより上位の存在と見做されて然るべきであろう。

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