初めてのスキル発動――とりあえずいいことは起きなかった




 僕は再び頭をぶつけないよう注意して起き上がり、手近なパイプに触れてみた。

 猛烈というほどではないがそれなりに熱い。

 足元に目を向ければ、スチールの渡り板。それが同じくスチールの階段と組み合わさって、パイプ沿いに張り巡らされている。工事現場の足場みたいに。

 投光機が間隔を置いて、あたりを照らしている。

 パイプから発散されている熱の故だろう。やたら蒸し暑い。そしてなんか硫黄臭い。

 僕は渡り板の隙間(すのこ状になっているのだ)から下を覗き込んだ。目が眩むほどの深さまで、パイプと足場が続いている。底は見通せない、暗がりの中に溶けてしまっているから。上を見上げてみても、似たようなもの。

(間違いない。ここは要塞都市イバングの地下発電所だ)

 そうと決まれば早く移動しなくてはならない。

 なぜかというに、ここがシューティングゲームのステージであり、低級悪鬼――小鬼の多発出現ポイントだから。公式設定では確か、『発電所は要塞都市の生命線であるが故、悪鬼潜入部隊の優先破壊ターゲットになっている』という理由づけがなされていた。

 小鬼を撃破しスコアを溜めると、課金に使うゲームコインとの交換が出来る。10000スコア=100コインという交換率の悪さだったけど、僕は大いに利用させてもらった。強敵を倒してガバっと稼ぐより、そこそこの敵をちまちま倒して稼ぐほうが、性に合っていたもので。

 ともかく長居は無用。

 こんなところをいくらうろついてみたところで、愛しのカレンちゃんに会える見込みはない。彼女はエリートだから対悪鬼抜刀部隊の中で最も格の高い『一番隊』に属している。暑くて臭くて薄暗い地の底で、低級悪鬼を相手にしたりしない。そういうのはメインキャラクターの所属する通称『はみだし部隊』――『5番隊』の仕事である。

 まあとにかくここから出よう。そうすることは簡単なのだ。

 多分僕しか知らないことだけど――ユーザーの間でも、話題になったことはなかったから――このステージには致命的なバグが存在しているのである。

 あそこに見えているエレベーター。あれの階数ボタンを同時に全押しすると、あら不思議、全く別のステージに飛ばされるのだ。

 やりこんだ身だからこそ知っている、貴重な裏技……。

 カツン。

 音がした。背後から。

 気のせいだ僕の足音の反響だ。

 カツンカツンカツン。

 いや違う。僕の足音とはテンポが違う。向こうのほうが早い。

 エレベーターはまだ先にある。

(どうする。止まって確かめるかこのまま走るか)

 二者択一を迫られた僕は前者を選んだ。どこかで思っていたのだ。ここに出てくるのはここに出てくるのは低級のザコだからそんなに怖がることもないと。

 息を吸い相手を脅かすつもりで、ダン、と強く床を踏んだ。振り向いた。「ふわ」としまらない声を上げた。

 ひしゃげた鼻にでかい耳、尖った乱杭歯、豚とチンパンジーの混合物みたいな生き物が、たださえ歪んでいるような顔をなお歪め、こっちを見ている。

 ゲーム画面で見ているときは何の脅威も覚えぬありきたりなクリーチャーも、いざ実物として出てくるとこうも迫力があるものか……でも大丈夫。こいつらは戦闘力が低いんだから。レベル1抜刀隊員でも初期装備の刀剣と携帯銃で楽々しとめられる。

 ……ところで僕、刀剣も携帯銃も持っていない。

 ………いや、そもそも抜刀隊員ですらない。

 ………………あれちょっと待てよ。そうするともしかすると、かなりこれはやばい状況なんでは。

「フガッ」

 小鬼が鋭い爪をわしづかむような形にして、飛びついてくる。

 ぎゅうっと腕が掴まれた。

 僕を線路に投げた坊主頭よりも強い力だ。しわしわの指についた鋭い爪が、服を通して食い込んでくる。

 僕は大声を上げ、そいつの顔を殴った。

 だが全然きいてない。しゃがれ声で吠えられ、余計ビビらされる始末だ。

「ブギャア!」

 そして聞こえなくてもいいのに別方向から、もう一匹の声が聞こえてきた。

 一匹でも勘弁なのに二匹なんて更に勘弁だ。

 この状況から抜け出さなければという危機感が、僕に、女神から貰ったスキルのことを思い出させた。

 使わなければ、この場で。僕に出来ることはそれしかないのだから。

 スキルを発動させるため具体的に何をどうするのか、迷うことはなかった。

 言葉が勝手に、僕の口から飛び出す。

「『抜けぬ矢よ、刺され』」

 二つの矢が小鬼の胸を貫く幻覚が、一瞬見えた。

 小鬼達の動きが止まった。

 僕にはりついていたやつが僕から離れ、もう一匹のほうに近づいていく。お互い見つめあった後、額をあわせてぐりぐりする。こう言いながら。

「ナカヨシ」

「ナカヨシ」

 いいぞそのまま二人の世界に入っていてくれ。

 思いながら僕は、二匹の脇を通り抜け、エレベーターに向かう。

 とその時、二匹がくるっとこっちを向いた。僕を指差してこんなことを言い始めた。

「オレトオマエ、ナカヨシ」

「オマエトオレ、ナカヨシ」

「アレ、ナカヨク、カル」

「アレ、ナカヨク、タベル」

「ハンブンコ」

「ハンブンコ」

 僕は思い知る。

 僕への敵意を抱いている者同士を仲良くさせたところで、僕にはメリットなどないのだということを。





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