ここから本題。ようこそ『はるがる』へ
主要キャラから殺されないために、命を懸けたステージ移動
「ブガー!」
「ブガー!」
僕は再び逃げた。
小鬼達は揃って追いかけてくる。
背中に爪が当たった。服が破れた。
一匹が身軽にパイプへ飛び移り、僕を追い抜いて先に回る。
挟み撃ちをする気だ。
うわあもうこれ駄目かもしれない。なんで女神はもっとましなスキルをくれなかったんだ。これじゃあたちまちゲームオーバーじゃないか。
思ったその時、はるか高みから誰かが跳び下りてきた。目の前に。
衝撃で渡り板が浮いた。
僕の体も小鬼の体も、軽くバウンドする。
口元を猛犬用の口輪で覆い、妖術学校の制服の上に羽織をひっかけた、小柄な黒髪の少女。
僕はこのキャラクターを知っている。
サクラ・ヨシノ。『5番隊』メンバーの一人。
ゲームの中の人物に会ったのはこれが初めて。僕は掛け値なしに感動を覚えた。
だけど、彼女と親しくコミュニケーションしようという気持ちにはなれなかった。
明らかに覚醒状態に入っていたからだ。口には牙、手にはかぎ爪。額に角。
僕の後ろにいた小鬼の頭が、ボールみたいに吹き飛んだ。
彼女が引きちぎったのだ。
もう一匹から悲壮な悲鳴が上がった。
「ブギァアア!」
そして逃げる――かと思いきやそうしなかった。泣きながらサクラちゃんに向かっていく。
これも愛のなせる業なのだろうか。
しかし彼女はあっという間にそれを叩き潰した。それからこちらに殺意のこもった視線を向けてきた。
「……あっき……」
これは確実に正気を失っている目だ。
僕は声を上ずらせ、叫ぶ。
「ちょー、ちょー、ちょっと待って、僕は悪鬼じゃないよ! 一般市民! 敵じゃない!」
「……しみんはこんなところにいない……」
……あ、うん。まあ、そうだね。設定としてここに一般市民は入らないし入れない。発電所の関係者以外立ち入り禁止だもんね。
「あっき……!」
僕は息も忘れ全速力でエレベーターに向かった。
階段の段差に躓いてこけた。
それで命拾いした。
後ろから飛び掛ろうとしたサクラちゃんは勢いあまって僕の頭上を飛び越し、足場から落ちかけた。
それを回避するため真正面にあったパイプを蹴りつけ方向転換したのだが、その衝撃でパイプが曲がり、へし折れた。
猛烈な勢いで蒸気が噴き出す。
折れたパイプが下へ落ちて域別のパイプにあたりそれもまたへし折る。また蒸気が漏れ始める。
ガン、ガンと折れたパイプが暗がりの底へ飲み込まれていくけたたましい音。
あたり一面たちまち熱い霞に飲み込まれる。
僕は手探りでエレベーターに突進し中に転げ込む。閉ボタンを押す。
しかし扉が閉まる直前サクラちゃんが、隙間に無理矢理手を割り込ませてきた。
「ヒッ!?」
血に濡れた手が重い鉄の扉をみしみしこじ開ける。
呪いのような呟きが聞こえる。
「に が さ な い」
続いて瞳孔の開いた目が扉と扉の間から見えた。
「こ ろ す」
ぎゃあああ。ホラーだ、これもう完全にホラーだ。
言いたくはないが小鬼なんかよりサクラちゃんのほうが、はるかにモンスターだよ!
とかなんとか言っている間に、どんどん扉の隙間が大きくなっていく。
肩までねじ込んできた。
「ぎゃー! 入って来ないで来ないで来ないでー!」
僕は死に物狂いになって、扉の横にある階数ボタンを全押しした。
ざくっと熱い痛みが額に走る。彼女が伸ばした手に引っかかれたのだ。
エレベータがガクンと揺れた。
ついで、つるべ落としに急降下する……。
「いってえ……」
額に手をやるとぬるりとした。血が出ていると意識すると、かえって痛くなりそうなので、ひとまずそうしないようにする。
(まあ、掴まれなくてよかった。そうしたら確実に、頭潰されてたからな)
そう、ポジティブに考えよう。ポジティブに。そのための材料は目の前にある。
要塞都市イバングの夜景。
ゲームオープニングにいつも出てくる景色。
この上なくきれいだ……。
「ぶあっくしゅ!」
しかし寒い。寒すぎる。風も強いな畜生。壁の上なんていいもんじゃないな全然。
一応身の安全は確保されたとはいえ、早く降りたほうがよさそうだ……。
「……あなた、どなたですか?」
僕は唐突な声かけに、座ったまま飛び上がった。
首をねじ向け二度見すると、そこには、トレンチコートを羽織った女性がいた。
こざっぱりしたきつい面差し。
タバコを吸いながらこちらを眺め、冷笑に近い表情を浮かべている。
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