そんなスキルを貰ってもあっちょっと待――



「やる気はある?」

「もちろんですっ! 是非是非やらせてくださいっ!」

 そう答えた僕にビーナスは、我を忘れてしまうような微笑みを見せてくれた。ついで、隣にクレイオに顔を向けた。

「じゃあクレイオ、早速この子をあなたの力で、創作世界に押し込んで頂戴」

「ええ? ちょっと待ってくださいよ、私の担当は歴史です。それを題材にした真面目な創作物ならともかく、こんな一から十までたわごとで塗り固めたフィクション相手に、力を使うなんて……」

「細かいこと言わない。歴史書だって、完全なるノンフィクションってわけでもないでしょう。どうしたって、記述者の主観が入るんだから」

「……それはそうかもしれませんがね……」

 渋い顔をしたクレイオだったが、立場としてはビーナスのほうが断然上らしい。結局彼女の要求を受け入れた。

「……分かりました。それでは時間停止を解除――」

 そこで僕は大事なことに気づいた。慌てて声を上げる。

「あああ、タンマ! ちょっと待って! あの、転生する前に確かめておきたいんですが、僕のチートスキルは何になるんですか?」

「……チートスキル? 何ですそれは」

「ええと、なんていうか、破格の特殊能力のことです。他を圧して強いとか賢いとか、他者の攻撃を無力化するような魔法が使えるとか……」

「そういうものは、話の中で努力によって身に着けていくものでしょう」

「古っ、古いですよその手法! 最近はいきなり主人公最強伝説じゃなきゃ、読者はついてこないんですからっ」

 必死に訴える僕にクレイオは、終始醒めた目をしていた。しまいにはビーナスにこんなことを言い始める。

「この人、本当にやる気があるんですかね?」

 やばい。もしかして事態を悪化させたか。ここで見放されたら僕、完全に死に損なんだけど。

 心臓がバクバクし始めるが、そこでビーナスが、助け舟を出してきてくれた。

「じゃあ、私がチートスキルとやらを与えてあげるわ。いいでしょ? クレイオ」

「……まあ、あなたがなさるというならかまいませんけどね。そもそもあなたがやりたいと言ってしていることですし」

 おお、よかった。一安心だ。

「ありがとうございますっ。あの、で、どんなスキルをいただけるんでしょうか?」

「そうねえ……仮に名づけるなら『フォーリンラブ』ってところかしら? それを使えばあなたは、自由自在に他者の恋愛感情を引き起こすことが出来る。性別は不問。どんなに無理筋だと思える関係性の間柄でも、確実に落とせる――」

 おおっ、いいっ、いいぞおお! その力を使えばカレンちゃんは僕のものだっ。

 いや、もしかしてハーレムの主ポジションに納まることさえも夢では……。

「――ただし、スキル所有者への恋愛感情を引き起こすことは出来ない。あなたに出来るのは、あなた以外の誰かと誰かを結びつけることだけ」

「えっ!? な、なんでですか!?」

 思わず聞き返した僕にビーナスは、背筋が寒くなるほど妖艶な笑みを浮かべた。

「だって、そのほうが面白いじゃない? ああそうそう、対象の人間がすでに誰かを、真実愛している場合は、スキルの効きがちょっと悪くなるかもね? じゃあ、行ってらっしゃい」

 私見だが、鈴振るようなその声には、幾らか悪意がこもっていたように思う。

「時間凍結、解除」

 轟音と光が散






 「ハアッ!?」

 僕は勢いつけて起き上がり、額をいやというほどぶつけた。

 しばらくダンゴ虫のように丸まってから、涙の浮かぶ目で見上げる。 薄暗い中、縦横に交錯する鉄パイプのジャングル。シューッと、どこかで蒸気の漏れる音。ひっきりなしに空気が振動している。

 僕は自分の頭の中にある『はるがる』についての知識を、猛烈な速度で漁りまわった。

(ここは……もしかして、あの場所か?)





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