死んだと思ったら女神出現
「お、逃げた」
「待てゴルァ!」
坊主一味が束になって追いかけてきた。
止めに入ってくれる人はいない。
まあそうだろう。僕がもし第三者でこの光景を見ていたとしたら、間違いなくそうする。巻きこまれたら一緒にぶん殴られそうだから。
だけど、駅員か警備員か、あるいは警察を呼ぼうとはしてくれるはずだ。ほら、あの人もこの人も携帯で電話し始めた。どこかへ急いで走っていく人もいる。もう少し逃げ回ればなんとかなる、なんとか、なんとか――。
「待てっつってんだろうが!」
ひっ、言う声が勝手に喉から飛び出した。
後ろから腕が捕まれる。体が半円を描いて引きずられ、ふわっと浮く。 と、思う間もなく背骨と肩に激痛が走る。
線路へ投げ落とされたのだと理解するのは数秒後。
仰向けのままホームを見上げれば、爆笑している坊主頭。
その姿に怒りを覚えた……といえば嘘になる。感じていたのはむしろ恐怖だ。直後一味の中の、カワウソみたいな顔をした奴が跳び下りてきたから。
追加で殴るなり蹴るなりしてやろうと考えているのは、表情から丸分かり。
僕は力を振り絞って起き上がり、坊主頭たちのいるホームではなく、線路を挟んだ反対側のホームに逃げようとした。彼らがいるほうに戻るのは、得策ではないと思えたから。
だけどそれは間違いだった。
誰かの声がした。
「戻れ!」
風圧が右の真横から来た。
僕はそちらに顔をねじ向ける。
急行列車が視界いっぱいに飛び込んできた。
ああもう駄目だ。
よりにもよってこんな死にかたをするなんて。
いやだ。『はるがる』があんな終わり方をしてしまったのに死ぬなんて。心残り極まりない。あの世界をやり直させたい。カレンちゃんだって他の子だってもっと幸せになる権利があるはずなんだ。僕に任せてくれたらもっと、もっと、うまくめでたしめでたしでまとめてみせるのに。
こんなところで終わるなんて。運営のところに化けて出てやるう……。僕は多分一秒か二秒でそこまで考えた。そして違和感を覚えた。
(……どうして僕は考え続けていられるんだろう。死んだはずなのに)
恐る恐る目を開く。
文字通り鼻の先に先頭車両。
反射的に目を閉じる。
またゆっくり目を開く。
車両はそのままそこにある。
周りの音が全然しない。一体どうなっているのか確かめようにも、体が鋳型にはめ込まれたように動かない。
目だけは――かろうじて動く。
百面相しながら左右に視線を走らせてみれば、ホームの人々もイタチも(目玉が飛び出しそうな顔でこちらを見ている)、マネキンみたいに動きが止まっていた。
(な、なんだこれ。何がどうなったんだ)
混乱に陥りかけた僕の耳に、話し声が聞こえてきた。
「どういうつもりですか。ほうっておけばいいじゃありませんか。どこからどう見ても、つまらない人間同士の争いです」
「まあ、いいじゃないの。ほんのちょっとのお慰みよ」
誰かが背後から、前に回りこんできた。
二人の若い女性だ。
一人はすっきりした服装。落ち着いた雰囲気のきれいな人。図書館の司書さんとでもいったような雰囲気。
もう一人は胸ぐりを大きく開けた派手な服装。こういう表現が適当なのか分からないけど、きれい過ぎるほどきれいだ。思わずひれ伏したくなってくるほど。
そんなことを思っていると、きれい過ぎるその女性が、こちらへ声をかけてきた。
「初めまして、坊や。私はアフロディテ。またの名をビーナス。愛と美を司る女神よ。そしてこちらはクレイオ。芸術活動一般を司る9人の女神、ムーサの一人。担当は歴史。あなたが死なないように、今、時間を止めてるの」
……いきなりすごい話になってきた。
ムーサとクレイオはちょっとは知らないけど、ビーナスなら知っている。超有名なギリシャ神話の女神だ。
なるほど、愛と美の女神なら、きれいすぎるのも納得。むしろそうじゃなきゃ勤まらないだろうし。
「ねえ坊や、そこまで思いつめてるなら、『はるがる』の登場人物になって滅亡エンドを変えてみる? そうする気があるなら、協力してあげるけど」
えっ。
それって、それって、いわゆる異世界転生のお誘い!?
うわうわうわまさかそんな夢のようなことが、本当にこの身に起きるとは。
万歳。願ったり叶ったりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます