いわゆるプロローグ

落ち込んでいたそのときに暴力的集団から追い回される、駅で





 僕は駅の改札を抜け、階段を足早に踏みしめていく。

 胃袋に収まったチューハイ一缶が、喉からゲップを吐き出させた。

 終わった。終わってしまった。その事実がずしりと背中にのしかかり、離れようとしない。

 何が終わってしまったかって?

 僕、小隅凡こすみ ぼんが心から愛していたソーシャルゲーム『ハルマゲドン・ガールーズ』――通称『はるがる』のサービス提供が終わってしまったのだ。わずか一年で。

 殴りあいの末絶交宣言をしてきた唯一のオタ友との会話が、脳裏に蘇る。


『へー、もう終了? ま、当然だな。サービス開始から登録ユーザーの数はずっと右肩下がりだったし。動作の悪さは折り紙つき。改悪にしかなっていない仕様変更度々。課金購入データが吹き飛ぶっちゅー致命的なバグ発生も、一度二度ではない。公式カスタマーアドレスに意見を送っても、レスポンスはほぼほぼ返ってこない。返ってきたら返ってきたでコピペ定型文。もしくは逆ギレ煽り文……近年まれに見るクソゲーだったもんな』

『クソなのは運営だ。『はるがる』自体はクソじゃない』

『いや、そんなことないだろ。『はるがる』自体もクソだろ。特にバックストーリー。『正体不明の超存在、悪鬼』『悪鬼の襲撃から身を守るための、巨大な壁に守られた要塞都市』『悪鬼と戦うための人材を育てる妖術学校』『対悪鬼抜刀部隊』……一体全体どこからどんだけパクってんだよ」

『それがどうだというんだ。そんなの別に『はるがる』に限ったことじゃないじゃないか。他のゲームだって大なり小なり同じことをやってるっていうのになんで『はるがる』だけこうも責められるんだ。たとえパクリのオンパレードでも、僕の胸には刺さったんだ! 特に悪役令嬢のカレン・ブラッドベリにどハマリしたんだ!』

『はあ? マジか。お前、よくあんな造形ペラペラなゲームのキャラにハマれるな。俺なら無理だね』


 ……唯一の友達を失ったから、明日から大学の学食、また一人で食べなくちゃならないな。

 ふん。いいさ別にいいさ。

 僕は『はるがる』を愛しているんだ!

 それなのに、ああそれなのに能無しの運営と来たら、広げた風呂敷を畳むどころか焼き尽くすような真似をしやがった。

 サービス終了に先んじラストストーリーが発表されたのだが、それが、あろうことかキャラ全員死亡というバッドエンドだったのだ。

 カレンちゃんも、死んでしまった。悪鬼から精神汚染され仲間を襲った挙句、集団での返り討ちに遭い死んでしまった。

 一体誰がそんなラストを望んだというのか。自分達が作ったものに対して責任感はないのか。道で配られるポケットティッシュ並に、世界とキャラを使い捨てしやがって。

 ――そんなこんなくよくよ考えていたところで、ガンっと、肩に硬いものがぶつかった。

 僕はあれこれ煮詰まって頭がわいていた。酒も入っていた。

 誰かがぶつかってきたのだと理解するや否や、反射的に、いつもは口にしないような言葉を吐いた。

「気をつけろよ! 痛いだろ!」

 そして次の瞬間気づく。相手が見るからにやばそうなやつだということに。

「あぁ?」

 筋肉を誇示するかのようなぱつぱつのノースリーブ。坊主頭とむき出しな二の腕に、びっしり入ったタトゥー。

「てめ、今何つった?」

 一気に酔いが醒めた僕は口ごもりながら、いち早く場を離れようとする。

「い、いえ、何も……」

 そしてまた気づく、相手が一人ではないということに。

 坊主頭と似たり寄ったりな一団が、先のほうからぞろぞろひき返してくる。

「まっさん。どしたんすかー」

「おー、このしょぼいヒョロヒョロがよお、オレに舐めた口ききやがってよぉ」

「マジかー」

「シメたれシメたれ」

 生存本能が思考より先に体を突き動かした。

 走る。とりあえず人が多いほうへ。


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