第7話
桜花の中学時代からの親友で、家族を除けば一番の理解者だ。学部は違うが同じサークルに入っている。
そんな風音が今、桜花の玄関前で仁王立ちをしていた。……この暑い中、背後に燃え盛る炎を背負って。
完全に怒り心頭な親友の姿に桜花は一瞬固まった後、目の前で素早く手を合わせた。
「申し訳ないっ!」
「許さん」
即答だった。
50件越えの連絡をしてくるほど心配をかけたのだから仕方ないといえばそれまでなのだが、少々過保護ともいえるだろう。
「いや、確かに昨日約束をすっぽかしましたけど」
「そこはどうでもいいんだよ」
「よくはないでしょ、よくは」
「あのな、それより問題なのは電話に出ないことだよ! 来ないなら来ないで連絡しろや! そりゃね、アンタが約束破るなんて初めてだから新鮮でしたよ? だけどねだからこそ心配だったわけよわかるそもそもアンタ」
「とりあえず!」
このままでは玄関前で永遠に喋られそうだと思った桜花は、即座に待ったをかけた。
「なに?」
「続きは中で」
「……あ、ああ。了解」
ようやく戻ってきた風音はさっさと部屋に入り、当然のようにダイニングへと向かう。そしてテーブルに並べてあるものを見て、目を輝かせた。
「うっは~サンドイッチだ。ただのサンドイッチなのに美味そう~♡」
「はいはい、ありがとう。とりあえず座ってよ」
「うい~」
先程までの般若とは正反対に顔が緩み、目の前の食事に目を輝かせている風音の前にレモネードを置く。
「サンキュー桜花。アンタは……いつも野菜ジュースだよね。飽きないの?」
「好物だから」
「うっわヘルシー思考! ウチは無理だわ~……で? 何があったの?」
唐突な本題への切り込みも慣れたもので、桜花はスープを一口飲んでから思考を巡らせた。対して悩むことでもないのだが、今回の場合はどこまで話すべきかという課題がある。直球で抱かれかけましたなどと言えるはずはないからだ。
しかし、風音相手に隠し事をすれば後々面倒なことになるだろうと、桜花は結局全て話すことにした。
その結果。
「ちょっとカチコミ行ってくる!」
「相手が悪すぎるからやめて!!!」
案の定、風音がキレた。
相手が相手なため、桜花は必死に音を止めた。たとえ怒鳴り込もうがネットに書き込もうが全て揉み消され、こちらが更に被害を受ける羽目にもなりかねない。それが当事者だけとは限らず、家族友人にも及ぶ可能性があるのだ。
そう言って桜花は長い説得の末、怒れる親友を抑えきった。
「あ~ムカつく! 桜花、確認するけど無事だよね?」
「一応。流石に気絶した人間にあれ以上はしないでしょ」
「ならまだいいけど……会うことがあったら殴ろうかな?」
「やめて、本気でやめて」
風音の物騒な呟きを冷静に切って、桜花は代わりとばかりにゼリーボールを置く。いつの間にか、サンドイッチは空だった。
「お? やった~これ超好きなんだよね! どうやって作っているのやら」
「半分ずつ固めてくっつけて更に固める。終わり」
「そんなあっさり……料理できない人間への当てつけか~?」
「だったらちょっとは練習しなよ」
「めんどい」
「でしょうね」
予想通りだとため息を吐きながらも、桜花は風音の前にもう一つゼリーボールを置いた。今度のものは桃である。
「あ、そうそう。どうだった? 実物の朱雀百夜と久遠静」
「どうって?」
「顔だよ顔。テレビに映っているのはめっちゃイケメンだったけど。実物で見た感想は?」
「……世の中の女だったら気絶する人くらいいるかもね」
「そんなに!?」
「まあね。でもあれはないわ。性格最悪だもん」
「あ~……まあ桜花はそうだろうね。元からイケメンとか芸能人とかで騒ぐ人間の気がしれないって言っていたし」
「事実じゃん? なんで騒ぐの?」
「……アンタはもう少しそこら辺の感性身につけたほうがいいわ」
「はあ?」
やれやれとばかりに首を振る風音を桜花はキョトンとしながら見ていた。桜花はその辺りの感性が残念すぎるほどに、ない。
「まあいいか。でもさあの二人って結局どうなんだろう?」
「どうって……?」
にんまりと笑う風音に嫌な予感を感じながら桜花は尋ねる。……予想はできるが。
「だ・か・ら朱雀百夜と久遠静はデキてるのかってこと!」
「やっぱりね。結局そっちか。そっちが本命か」
「だって気になるんだからしょうがない! どっちが受けだろ? あ、もしかしてリバ? あ~でも固定カプで久遠の方が攻めだったりして」
一色風音は、腐女子である。出会った頃はそういった趣味はなかったのだが、桜花の知らないうちに染まっていた。
ひとりでぶつぶつと妄想を始めた風音を半目で眺めながら桜花は炭酸ジュースとゼリーを頬張る。味は申し分なかった。
こうなってはしばらく止まらないので今のうちに片付けでもしようと思った桜花だが、突然戻ってきた風音に止められた。
「ねえ、あの二人がモデルの小説書いて」
「……また唐突だな」
風音以下大学の腐女子仲間はシチュエーションを考えると、風音を通じて桜花に依頼をしてくることがある。初めは断っていた桜花だが、丁度他の作品を書き上げたこともあり、一度だけ引き受けた。
しかし、そのことが仇となって度々依頼をするようになったのだ。あまりにも回数が続いたので金を取ると言ったのだが、むしろ喜んで払ってくる始末だった。そのことを教授に相談したところ固定ファンができるのは良いことだと、推奨してきた。
プロでもないのにお金を取るのはどうなんだと思ったものの、腐女子サイトで桜花の作品を紹介するという取引の下、無償で引き受けることにしたのである。
「書いて書いて書いて!」
「でも多分あいつら私の動向監視していると思うよ。バレたら」
「いいじゃんバレれば」
「正気?」
「うん。だって桜花をあんな目に合わせた連中だよ? ちょっとした精神攻撃くらい良くね? ああいう人間は特に嫌がりそうだし」
「裏サークルの人達と方向性とあらすじくらいは練ってきて。情報やるからあとキャラも。そうしたらすぐにプロット書く」
「よし来たっ!」
(奴らに一矢報いるチャンスをありがとう親友! 大好きっ!)
なんとも不純極まりない動機で創作活動が始まった。後日教授はなにを思うのだろうか。残念なことに息の合ったこの二人を止める人間がここにはいなかった。
デザートを食べ終えた二人は玄関を出てマンションの入り口までやって来た。
「じゃあとりあえず、連絡取って話し合ってくるわ」
「うん。あ、次は新作の相談したいからよろしく」
「了解! 今度は変なことに巻き込まれないでよ」
「わかった。ありがとう」
「じゃ、まったね~!」
「バイバーイ!」
嵐のようにやってきて風のように去っていった親友の姿を見送り、部屋へと戻ろうと振り返ったその時。
「随分とご機嫌でいらっしゃいますね」
つい最近聞いたことのある声が背後からかかり、桜花は足を止める。心臓が不自然な鼓動を始め、冷や汗が頬を伝った。
ゆっくり振り返るとそこには会いたくなかった人物が優しげな笑みを浮かべていた。
「昨日はろくに自己紹介もせず、失礼しました。私、朱雀百夜様の秘書兼護衛を務めます。久遠静と申します」
丁寧に一礼をして名刺を差し出してきた静に桜花は名刺を受け取り、警戒しながら一歩後ろに下がる。
そんな桜花に一切の顔色を変えることなく静は言った。
「星宮桜花様、百夜様のご命令でお迎えにあがりました。ご同行を願います」
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