第5話 月光浴びて ☆
百夜は再度毒を吹き込もうと桜花の耳元に唇を寄せた――
「いっ……!」
その瞬間、桜花は思いきり百夜の唇を噛んだ。即座に離れた百夜の唇から血が溢れる。
その隙をついて桜花は百夜の拘束から抜け出し、ベッドから転がり落ちる。快楽を知り、力の抜けた身体は思うように動かず、床に落ちた衝撃さえも甘い響きを伝えた。
「はあ……はあ……」
「……そんな状態でまだ動けるとはな。相当な実力者かただの偶然か。だが……」
百夜は血を拭いながらベッドから降りることなく桜花の腕を強く掴んで再びベッドへと引き摺り込んだ。
桜花は再び自分に跨る男に強い眼差しを向ける。いまの自分ではまともに動けないと知りながらも、理不尽な疑惑に反抗せずにはいられないのだ。
百夜は一瞬逃げ出した獲物をを静かに見下ろし、緩みきった脚の間に手を滑り込ませた。
「んああっ……!」
ぐちゃりという卑猥な水音が響き、桜花は堪らず声を上げる。唐突な快楽に身体は大袈裟に反応を見せ、一度鎮まりかけた熱がぶり返した。
「そんなに壊れたいなら望み通り……壊してやる」
重く低い声が空気を揺らし、桜花の脳に警鐘が鳴る。それと同時に百夜は桜花のショーツを脱がし、蜜を溢す割れ目を擦り始めた。
「ひゃあっ……あ、はあん、やぁ……んぁぁ……」
百夜の指が初心な割れ目をなぞるたび、誘うように蜜が溢れ、百夜の手を濡らしていく。誰にも触れさせたことのない秘部は初めて味わう快楽を拾おうと更に蜜を溢れさせ、求めるように熟れていく。
「ふああ、や……あぁん......ひぅっ......だ、だめぇ......」
「どんどん溢れてくるな……そんなにイイか? 淫乱だな」
「ち、ちが……はぅ」
「聞こえんな。こんなに濡らしているんだ。そろそろいいだろう」
そう言って百夜は溢れる蜜を絡めとりながら桜花の割れ目の中に指を入れてきた。
「ああ……ん」
自分の恥ずかしいところを異性の指が侵食していく。媚薬によって高められ、身体を弄られた桜花の秘部は入ってきた異物に歓喜するように収縮を始め、奥へと促す。
慣らすように中を掻かれ、次第に収縮が活発になると百夜は指を更に奥へと進ませ、何かを探るように膣内をなぞる。
(な、なに……?)
百夜の行動を訝しんでいた桜花だが、百夜の指がある一点をなぞった時。
「!? ぁああっ! ……な、に……!?」
これまでとは比べ物にならないような重い快楽が身体を突き抜けた。
「ほう? ここか」
反応した桜花を見た百夜はその一点を執拗に擦り、爪で優しく掻いていく。与えられる快楽に桜花はただただ声を上げることしかできず、涙が溢れ出す。
百夜は頬を濡らす雫を舐め取り、膣を弄る指を増やした。
ぐちょりというぬめった水音が桜花の耳を支配して百夜の指と連動する様に聴覚が鋭くなっていく。
わざとらしく音を立てて律動を早められたことで、膣は愛液を溢れさせ男の指をむしゃぶりもはや別の生き物と化していた。
弱いところを巧みに攻められ、心身を甘やかに蹂躙されていく桜花は次第に息も絶え絶えになり視界が白に染まり始めていた。
「あ、あっ、ああ、んぁあんっ、ふあ、あんっ!」
下半身からぐちゅぐちゅと空気の含んだ水音が際限なく響き、音に呼応するようにふしだらな蜜が桜花の太ももを伝い、シーツに淫らな染みを作っていく。
桜花の視界がチカチカと点滅しまともに息継ぎもできない。意識が快楽にしか向かずただただ途切れ途切れの喘ぎ声をこぼすだけになった。
そして――
百夜が一点をこれまでより強く擦った。
「―――あああああぁぁぁぁぁ!!!」
溜まった熱が一気に弾け、桜花の身体が弓形に宙へと投げ出される。
どのくらい経ったのか、浮いていた身体がベッドに沈むと同時に桜花の意識が少しずつ戻ってきた。
ベッドに深く身体を預け肩で息をする桜花を見やりながら百夜は冷静だった。
「……イったか」
その冷淡な声は百夜がどこまでも冷静であることの証明だった。
その事実に桜花の胸には悔しさと怒りと、訳のない悲しみが込み上げた。
(……ムカつく……こんな……こんなのって、ない……)
そう思うものの桜花は口にすることはなかった。言ったところで柳に風だろうと。そう思うと余計に感情が判らなくなり涙腺が緩む。
しかし、こんな男の前で泣きたくないと溢れる涙を懸命に抑えながら薄目を開けて百夜を見やる。
水膜の張った瞳に映ったどこまでも冷たく凍るような眼差しで桜花を見つめる、一切の変化が見られない無駄に整った百夜の顔。
未だに己を押し倒す百夜のすました顔を認識した途端――
桜花は力が抜けほとんど動かないはずの腕を無理矢理に動かし、百夜の頬を思い切り引っ叩いていた。
「……可哀想な男」
ヒリヒリと痛む手を握りながら百夜に言葉を向けた桜花は、瞳から一筋の涙が溢れたことも気づかず、知らない快楽の反動を受けそのまま気を失った。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
朱雀財閥。
日本のみならず世界各地でホテルやカジノなどの事業を展開し、観光業に多大な影響を与えている大財閥。
百夜は朱雀財閥の次期総帥だ。
美しい顔立ちと色気をの滲む低い声、それらすべてを際立たせる凍てついた眼差し。その姿を見た誰かが言った。
まるで透き通った氷の棘のようだと。
棘の持つ、薔薇の花に準えての二つ名は多くの人々の共感を呼び、女性たちはその冷ややかで美しいまさに棘のような瞳に貫かれたいと頬を染めた。
しかし、いかなる誘いも冷めた目で素気無く切り捨て、一切の関心を向けない。
それでも百夜の顔と地位と金に目が眩んだ女性たちはなんとか目に留まろうと、百夜の私室にやってくる者もいた。部屋に入る前に秘書の静に捕まりすべて追い返されているが、その行動が余計に百夜を冷めさせている。
中には色仕掛け要員として送られてくることもあり、はじめのうちは同じように追い返していたが、重要な情報を握っている女もいる。
よって百夜は視点を変え、情報収集を行うために女性を抱くようになった。もちろん避妊はするし、妊娠をダシに迫ることのないよう事前に誓約書も書かせる。
一切の隙もない若き実力者。その手腕は裏社会においても発揮されていた。
最近百夜の周りをチョロチョロと動いている暴力団『鉤爪』。目障りこの上なく、しかし変に狡猾な組織。百夜はこれをネズミと呼んでいた。
慎重に追い続け、ようやく掴んだネズミの心臓を自分の秘書である久遠静に回収を命じた――のだが。
久遠からもたらされたのはデータではなく、ひとりの女の写真だった。
曰く、写真の女にデータを持っていかれた、と。
何事も完璧な秘書のしくじりに珍しさを感じながら、百夜は静からの連絡を待つ。
翌日、久遠から確保完了の報告に百夜は閉じ込めておけとだけ命じ、そのまま仕事に向かった。
その日の夜、女が目を覚ましたとの連絡を受けた百夜は静と共に女を監禁している部屋へと向かった。
部屋に入ると脱走を謀っている最中だったらしい女は百夜と静を見るなり驚愕の表情を浮かべた。
ただひとつ、これまでの女と違う点を挙げるのなら、それは頬を染めなかったこと。これまで百夜と静を見た者は例外なく頬を染め、すぐさま媚を売るような態度へと変わった。
しかし今百夜たちの目の前にいる女にあるのは驚愕と困惑のみで、媚びる様子は見受けられなかった。
その事実に百夜と静は物珍しさを感じた。
しかしすぐに行われた尋問によって桜花へ向ける二人の感情は苛立ちへと変わる。
(この女……今まで以上に面倒だな)
百夜はまだ学生ということもあり僅かばかりの情けとして、少し優しめに行っていたのだが、平行線な会話が面倒になり、いつもの手段を使うことにした。
…………
……
…
気を失った桜花を百夜は静かに見下ろす。
「この程度で気絶とはな……まあ処女にあの薬は強すぎたか。それよりも……」
平手をまともに食らった百夜の頬は痺れるような痛みと熱を持ち、弾みで噛んでしまった口内には血の味が広がっていた。
「……この俺に向かって可哀想、だと?」
百夜は信じられない気持ちで言葉を反芻する。一度も言われたことのない言葉、それ以前に百夜に面と向かって冒涜する人間など今までいなかった。
思考と感情が追いつかないことなどなかった百夜は初めてのことに戸惑いを覚える。
再び桜花に視線を向けると、眠りに落ちたのか規則正しい呼吸音が聞こえてきた。気絶する直前に流した涙が一筋の線となって頬に残っている。
月の光を受けながら寝息を立てる桜花の頬に浮かぶ雫の道はキラキラと反射し、細い光の帯となっていた。
その光景を目にした百夜はそっと桜花に手を伸ばし――慌てて手を引っ込める。
(俺は……一体なにをしようとしていた?)
自分の行いが信じられず百夜は目を見開き、ノックの音で我に返った。
「誰だ?」
「失礼します百夜様。久遠です」
「入れ」
百夜の声を受けて室内ヘと入ってきた静は百夜の腫れた顔を見て目を見開く。
「百夜様、そのお顔は……」
「なんでもない。それよりも用件を言え」
「はい。星宮桜花について改めて様々な情報面から徹底的に洗いましたが、『鉤爪』との繋がりは一切なく、裏社会の者との関係性も見受けられませんでした。結論としましては星宮桜花は白、ではないかと」
「……そうか」
「如何いたしますか?」
性の報告を受けた百夜は眠る桜花を一瞥し目を閉じると、静かに言った。
「女の荷物からデータは抜き取ったか?」
「はい。中身も確認しましたが、間違いありませんでした」
「……ならば、奴らを完全に潰すまでこの女はここに軟禁。ことが終わり次第、記憶を封印する」
「記憶の封印、ですか?」
「ああ。いつでもできるように手配しておけ」
「かしこまりました。それからこちらですが……」
静が懐から取り出したのは低用量経口避妊薬、通称・ピルと呼ばれるものだった。
「必要ない。抱いていないからな」
「……え?」
「なんだ?」
「いえ」
「先に行ってろ」
「はい、それでは失礼します」
一礼をして出て行った静を尻目に百夜は再び桜花へと視線を向ける。
世間一般では美形と呼ばれるだろう容姿もこれまで化粧と宝石、派手なドレスに身を包んだ女を見てきた百夜の目には少々地味に映った。
――しかし。
百夜は蝋燭の炎のようにぽっと灯った己の知らない感情に身を任せるまま、桜花の頬をひと撫ですると、そのまま振り返ることなく部屋を出て行った。
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