第3話 疑惑

 突然聞かされた内容に桜花は思わず固まった。

 もともとろくなものではないだろうという予想は立てていた。ヤクザの所有するUSBの中身。警戒してしすぎることはない。もちろん普通の写真や書類のデータである可能性も充分にあるが、それでも楽観視することだけはしなかった。

 そしてその予想は当たっていたのだが……。

 かなり危ないものだと知ってしまった桜花は百夜を凝視する。表情は読み取れないがおそらく嘘ではなさそうだ。

 その上で桜花は思った。


「それ……わざわざ私に教える必要あった?」


 黙ってUSBだけ受け取ってさっさと解放すればいいものを、わざわざ中身をバラしてどうする。もちろん中身を見ていない知らないというのは、口ではいくらでも言えるため証明することはできないが、中身を見たという証明もできないだろう。

 よって桜花の疑問も至極当然のものだと言えるのだが、それも百夜には通用しないらしい。


「このUSBを手にした時点で結末は決まっている。だったら知ろうが知るまいが大差ないだろ」

「変わっ……他に言い方ないわけ?」

「遠回しに言おうが直球で言おうが意味は同じだろ。俺は時間の無駄が嫌いだ」


 バッサリ切られた。どうやらこの男には人情というものがないらしい。


「それに……俺たちはお前が完全な白とは思っていない」

「疑われる謂れはないと思うけど」

「このUSBを拾った。それだけで疑う要素はある」

「……意味わからない。誰かの落とし物だって思ったから警察に届けようとしただけなんだけど」

「どうだかな。警察に行くふりをしてネズミどもの巣に行こうとしていた可能性もある」

「は? ネズミ……?」


 そこまで言って桜花ははっとなり、声を上げた。


「まさか私のことその組織の仲間じゃないかって疑っているの?」

「だったらなんだ」


 さらりと返ってきた返答に桜花は絶句する。ただの一般人でしかない桜花に一体なんの繋がりを求めていると言うのか。

 桜花は我に返るとすかさず抗議の声をぶつける。


「何がどうしてそういう方向になるのか知らないけど、私に裏社会の知り合いはいないわよ」

「口ではなんとでも言える」

「あなた達ならその程度の人間関係くらい探れるんじゃないの? 朱雀財閥御曹司の朱雀百夜さん」


 桜花がフルネームで名前を言うと百夜の眉が一瞬ピクリと動く。


「俺は名乗った覚えはないが?」

「普段あれだけメディアに取り上げられていて今更何言ってるの……」

「……まあいい。調べることは容易いがこちらから尋問されるより自白の方がいいだろ。もちろん奴らとは無関係だという証拠も込みでな」


 証拠とはつまり、確かな物的証拠を出せと言っているのだ。人間関係の証拠など電話やメールの履歴、後はSNSでの会話履歴くらいしかない。もし裏社会の人間と繋がるのであれば闇サイトあたりだろう。しかし。


(どれもこれもとっくに調べていそうなものだけど……どうしろってのよ)


 桜花の小中高のクラスメイト、部活の仲間、よく出入りする店の店員やバイト先の同僚などの中に、陰で裏社会と繋がっている人間がひとりふたりはいる可能性も否定はできないが、高校はともかく、小学校中学校の人たちとは連絡をほとんど取っていない。


「……電話とメール、SNSの履歴は調べればわかると思うけど」

「確かに連絡手段と言われるものの履歴を調べればわかるだろうが、相手がこちら側ではないという証明にはならない。直接会話をしていれば録音でもしていない限り、物的証拠は出ないからな。ちょうど1ヶ月前、高校の同窓会があったはずだ」


 流れるように言われ、桜花は顔を顰める。

 確かに1ヶ月前に高校の同窓会があり、桜花も参加した。お酒も飲みながら会話も弾み楽しい思い出になったが、百夜たちは当然そのことも調べていたようだ。


「確かにあったけど、あの時は本当にごく普通の会話しかしていない」


 そこまで言って桜花は一瞬遠い目になった。

 前半の会話は高校時代の話で盛り上がった。しかし後半になるにつれ酔いが回り始めると徐々に内容と行動が怪しくなっていった。……詳細は割愛するが。


(確かにまとも、とは言い難い話になっていったけど……うーん)


 急に黙り込んだ桜花に百夜が目を細め、纏う空気が重くなる。


「先程まで鬱陶しいほど吠えていたのに急に静かになったな? やはり心当たりがあるらしい」

「断じて違いますが、後半まともな話でなかったことは認める。けど、それでも裏社会関連の話は一切していない」


 後ろ暗いことは何もないときっぱり言い切った桜花を百夜はしばらく無言で見つめ、そして。


「……随分と強情な女だな」


 圧の篭った低い声が室内の空気を揺らした。

 突如変わった空気に困惑した桜花は戸惑いと警戒の入り混じった目を百夜に向けた。百夜は静かに桜花に歩み寄ると、その顎を乱暴に掴み、強引に視線を合わせる。


「ここまで譲歩してやっているにも関わらず、強情を張るならそれ相応のやり方で情報を吐かせるまでだ」


 そう言って静へ視線を向けると、必要以外微動だにしない静が微かに目を見開いた。しかしすぐに心得たとばかりに一礼をして部屋を出て、ものの数分で戻ってくると何やら小瓶のようなものを百夜に手渡す。

 百夜はやや乱暴に瓶を受け取ると蓋を開け、無理矢理桜花の口へと押し込む。

 逃げようとする桜花だが、もともとろくに身動きが取れない上、成人男性の力に敵うはずもなく、容赦なく口内に流れ込んでくる液体を飲み込んでしまう。


「っ! ゴホッゴホッ……はあ、はあ、い、いきなり……なに、を……はあ……」


 無理矢理飲まされたことで咽せ、咳と荒い息の中で抗議の声をあげる桜花に構わず百夜は桜花を抱き上げると、ベッドの上へと放り投げた。そのまま腕を頭の上で押さえつけられ、足の拘束が外された。


「な、何を……」

「それがわからないほど初心じゃないだろう?」


 百夜の色気の含んだ冷たい声で囁かれ、桜花はこれから起こることを理解し、思い切り百夜を睨みつけた。

 生意気に睨みつける桜花を見下ろしながら百夜はネクタイを緩め、百夜は桜花の耳元で囁く。


「さあ、尋問の始まりだ。星宮桜花」

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