百歳牛肉麺の混ぜ麺とヒツジピラフ
さて、飯である。
京都は三条に出向く際の昼食はラーメンと相場が決まっている。
食いしん坊なら知っている。京都はラーメン激戦区。多くを語れるほど知っちゃいないが、激戦区と聞くと期待せずにはいられない。
そんな中、ふらっと寄ってからゾッコンの店があるので、ことあるごとに立ち寄っているのだが。
「今日もダメか」
汁なし担々麺が売りのガーデンという店があるのだが、最初の一回でその味に魅了されて以来、二回目にトライできていない。
この店、見た目は古い居酒屋の居抜きか間借りかって風貌だが、平日の昼間から貸し切りになることもしばしばな人気。
そしてここ最近は水漏れで店を閉めている。
「水漏れって……先月からこの張り紙してたよな」
さすがに一月も放置する訳もないだろう。張り紙は剥がし忘れているだけではないかと淡い期待を胸に、公式のツイッターやらインスタグラムを覗くが。
「水漏れ……あ、これ、四日前からか」
先月のとは別件だった。水漏れが頻発しているようだ。それも原因不明。要するに、よくわからん理由で今回も担々麺を逃したのだ。
ここまで運がないと、むしろ笑えてくる。
笑えてくるが、ここは京都。待ったなしのラーメン激戦区では、ちょっと目を離した隙に新店舗が生えるのだ。
こんなこともあろうかと、下調べは万全だ。
商店街へ踵を返し、新しく見つけたラーメンといこうじゃないか。
看板によれば、百歳牛肉麺。
牛肉麺の店、最近色んな所で見かけるようになったな。
まだ数えるほどしか食べていないビギナーだが、店の当たり外れの差が大きい印象だ。ここに決めていたつもりでも、若干覚悟を決める時間が要る程度には振れ幅が大きい。
のだが、改めてメニューを見ると、ほうと目を見張った。
旨辛牛肉混ぜ麺、セットにヒツジピラフ。
油そばとか汁なしラーメンを見つけたら四の五の言わず食え、とはマイルールである。
旨辛というのも良い。京都に立つと、どうしても今は遠い福岡の地にある火炎辛麺が恋しくなる。代わりになってくれとは言わないが、喪失を埋めるに足る刺激的な味を期待せずにはいられない。
そしてヒツジのピラフ、未知への好奇心。タイ米にジャスミンの香りを加えているようだが、味が全く想像できない。
気づけば席に着くなり注文していた。
片言の抜けきらない店員のお兄さんの雰囲気がまた良い。食いしん坊っぽい人が勤める店の期待度は高い。……というか、最近見かける店員さん、こういうタイプばかりだ。どうなってんだ。そういう導きがあるのか。
牛肉麺を出す店は皆そうなのか、注文を受けてから麺を伸ばすらしい。縄のようにした生地を調理台にバシバシと叩く、威勢の良い音がする。
本当に小麦の生地だろうか。鞭なんじゃないか。食べられる鞭っていうのも気になるけども。ともかくコシが尋常じゃなさそうだ。
待ち時間、ふと目を上げると、雄牛型の瓶が飾ってある。ブランデーだかウイスキーだかで満ちている。変わった瓶の酒はたまに見かけるので、何て名前かスマホで調べたのだが、瓶はただのデキャンターらしい。
開けてみるまでわからない。どんなことでも。
何の面白みもない、当たり前のことだ。しかし、今みたいに見かけで中身まで推し測る横着をまあまあな頻度でやってしまうあたり、言うは易しなのだろう。
今日のところは、店の開拓に踏み出した自分を褒めておこう。
混ぜ麺とピラフが同時におでましだ。
いただきますは心の中で。
タレによく絡んだ麺の上に、煮タマゴと牛の煮込み、刻んだキュウリ。麺を持ち上げると全部ついてくるのは美味さの証だ。見た所、辛みの源になりそうなものは影も形もないが。
麺の塊を解いて、一口すする。
味はジャージャー麺に近いような味噌風味。というか、ぬるい。キュウリが乗っていたので冷たいかもしれないと思っていたが、妙にぬるい。んで長い。麺が妙に長い。ほんのちょっと持ち上げただけなのに、永遠に麺が続いて一口どころではなくなってきている。
まさか一本麺なのだろうか。そういえば調理台に叩きつけていたし、一本麺を作っていた可能性もなくはなかった。
ともあれ、皿の麺を全て一息にすするのを避けたければ、噛み切るしかない。
とんでもないコシの先に、プツンと小気味良く切れる歯触りが楽しい。
ぬるいのはどうなんだと思ったが、何だかんだ美味い。訳が分からないが、この温度感、絶妙だ。
タマゴ、黄身までしっかりハードボイルド。
麺に隠れた小松菜のシャキシャキ。
牛肉はスジ寄りの部位。コロコロのコリコリだ。とろけるスジも良いが、やっぱり固い肉を噛んでいる方が生きる糧を得ている気にさせてくれる。
ん、……何か急に辛みを感じてきたな。
今までどこに潜んでいた。いや、旨辛に惹かれて食べていたんだから不満とかじゃないんだが、不意打ちは人が悪いんじゃないかという話で。辛いのが得意な方からすれば大したスコヴィル感でもないが、それでもやはり不意打ちは通ると痛い。
ヒツジのピラフが茶碗に持ってある。レーズンやパイナップルが入っている辺り、意外と甘めな味付けなのだろうか。ともあれ、辛さにビビった今の口を直すには、これしかない。
ピラフを掻きこんだ時、口の中が弾けた。
何故だか、混ぜ麺が霞むほど辛い。レーズンはおろかパイナップルまで鳴りを潜める辛さだ。こんな辛さとは無縁な色をしていながら、とんだじゃじゃ馬じゃないか。
これを書いている今思えば、ジャスミン茶を辛い料理に合わせている時、辛さが増幅されたように感じることがあるのだが、同じ香り付けを施したこれにも同様の効果があったのかもしれない。
それにしたって、それだけじゃ説明がつかない弾け具合だった。
しかし、これが止まらない。旨辛を隠さなくなったコシの強い混ぜ麺と、それ以上に主張の強いピラフの往復。それぞれ一つ一つの具や調味料の主張が強いというのに、不思議なバランスでまとまっている。
辛みはうなぎのぼり。コンボが止まらない。
暴れ牛だ。今、暴れ牛を乗りこなしている。雄牛のデキャンターが告げている。料理は見た目によらない。今日の開拓は収獲があった。
あっと言う間に、皿は空。
ごちそうさまは、口に出して。
夏の歩みを感じる蒸し暑さを払う、気持ちの良い満足感が全身を巡っている。大物と決着をつけた倦怠感もフワフワとしていて良い。
帰りの電車は、一寝入りといこう。
◆◆◆
今日のお店
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260202/26035535/
さて、飯である。 ゴッカー @nantoka_gokker
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